05-2.ガーナ・ヴァーケルは逃げられない
「感動の再会だなぁ! 俺様、そういうのを見るのは意外と好きだぜ」
ロヴィーノは、面白くて仕方がないと言わんばかりの笑い声をあげる。
それに対し、ライラだけが大きく肩を揺らした。
……脅されたの?
ライラはロヴィーノに対し、恐怖感を抱いている。
それを感じ取ったガーナは視線をロヴィーノに向けた。
……ライラに何をしたのよ。この人。
睨みつけてはみたものの、ロヴィーノは何も動じない。
「……ガーナちゃん」
ライラはガーナを抱きしめたまま、口を開いた。
「親友としてお願いをいたしますわ。私と一緒にアクアライン王国に来てくださいませんか?」
それは旅行の誘いではない。
帝国全土に広がっていくだろう革命の火花が大きくなる前に、アクアライン王国に亡命をしてほしいという誘いだった。
「行きたいわね。ライラの故郷も、一度は見てみたかったもの」
ガーナに迷いはなかった。
「革命が無事に終わったら、ライラに会いに行くわ。うん、心配そうな顔はしないでいいのよ? だって、私、親友との約束を破ったことはないもの!」
答えは決められていた。
それ以外の答えを口にすることはない。
「私は革命を望んでいるのだから」
それはガーナの口から発せられた言葉だった。
しかし、ガーナの考えとは程遠い言葉でもあった。
「ガーナちゃんは革命とは関係ありませんわ」
ライラは否定する。
「だって、貴女は平和主義者の優しい子ですもの。帝国全土を燃やし尽くすような危険な真似を好む人ではありませんわ」
「そうよ? 私、平和主義だもの」
「ええ。そうでしょう? それならば、革命なんて恐ろしいものは望んではいませんわ」
ライラの言葉に対し、ガーナは違和感を抱いた。
……私は争いを望んでないわ。
他人と争うのは得意ではない。
他人と同じような振る舞いはできないが、揉め事を好んでいるわけではない。
……リカと同じことを言うのね。
逃げてもいいのだと口にしていたリカは、ライラとガーナの会話に口を挟まない。
まるで、二人の会話を邪魔する権利はないのだというかのように口を固く閉ざしていた。
「私は逃げないわ」
ガーナは宣言する。
「だって、私は帝国の人間だもの。兄さんたちが革命を起こすっていうのなら、私もそれに賛同しなきゃいけないの」
その言葉は、ライラの心には何も響かないだろう。
「あのね、ライラ。帝国民は逃げないのよ」
それは本音だった。
長年、戦争を繰り返してきた軍事国家の国民として生きているガーナにとって、帝国で起きる争いは他人事ではない。
平和主義も平等主義も、すべてを投げ出してでも勝たなければならない。
帝国の民ならば、それが当然の生き方である。
そのように物心ついた頃から教えられてきた。
「逃げたところで全部を失うくらいなら、剣を手に取って、杖を手に取って、無茶苦茶な方法であっても試して、死ぬ気で抗うの。そういう民族なのよ」
ガーナの言葉は、ライラの理解を得られない。
……わかってもらいたいなんて思わないわ。
ライラは戦争とはかけ離れた平和なアクアライン王国の出身だ。
軍事国家とは違う。
それならば、ガーナの考えが理解されなくても、なにも問題はない。
……こんなことで仲違いするような相手でもないしね。
考えが違うからと心の距離が離れていくような関係ではない。
なにもかも違う二人だからこそ、今までも親友として過ごしてきたのだ。
「私には、理解ができませんわ」
ライラは優しくガーナを抱きしめ続ける。
「ガーナちゃんは帝国の民だということは、嫌というほどにわかっております」
帝国人として生き方を口にすることは想定内だったのだろう。
「ですが、貴族でも、軍人でもないでしょう?」
ライラは、優しく言葉を紡ぐ。
ほんの僅かな可能性にでも賭けなくてはいけない。
ライラは必死だった。
ガーナを助ける為ならば、親友として、手段を選んではいられなかった。
「亡命という言葉がお嫌ならば、親友の為に、アクアライン王国に遊びに来てくださいませ。帝国の情勢が落ち着くまでの間だけでもかまいませんわ。どうか、私と一緒にいてくださいませ」
ライラはゆっくりと腕を下ろす。
「ごめんね、ライラ。私、聖女だって言っちゃったのよ」
勢いだけでの発言だった。
リカを庇う為には、それ以外の方法を思いつかなかった。
「存じておりますわ」
「え? ……兄さんたちから聞いたの?」
「はい。ロヴィーノ様に事情を教えていただいておりますのよ」
ライラの言葉を聞き、ガーナは視線をロヴィーノに向ける。
相変わらず、退屈そうな顔をしている。
「大丈夫ですわ。ガーナちゃんの冗談だってことにしてくださりますから」
「冗談? 私は冗談のつもりなんてないわ!」
「わかっております。でも、ガーナちゃんの為なのですよ」
ライラの言葉は間違ってはいない。
帝国の聖女として名が知られてしまえば、アクアライン王国に亡命をすることは不可能になる。
しかし、ガーナは行き過ぎた冗談を口にするような人物であることは、あの場にいた多くの生徒や教師たちは知っている。
日頃の評判を利用すれば、簡単に噂は書き換えられる。
「……私だけ逃げるわけにはいかないのよ」
ガーナはライラから手を放し、一歩、下がった。
互いに抱き締めあい、感動の再会はここまでだ。
「パパもママも帝国にいるわ。それも、フリークス公爵領にね。私が逃げれば、パパもママも仕事を奪われて、村で仲間外れにされるわ」
故郷にいる両親を思う。
両親はガーナが聖女になることを望まないだろう。
それどころか、聖女になるのが嫌だったから、国外に逃亡をしたと噂を流された方が喜ぶであろう。
ガーナもそれを知っていた。
知っていたからこそ、両親が村で孤立することのないように、魔法学園に入学したのだ。自分たちは帝国の考えに従っていると、ガーナは必死に訴えてきた。
「私は私の家族も、私の友人も、すべてを守りたいのよ」
ガーナの手で守れるのは数えきれる程度に人数だろう。
足を引っ張る確率の方が高いかもしれない。




