05-1.ガーナ・ヴァーケルは逃げられない
「反王政軍? エイプリル大佐は革命軍だって言ってたじゃない」
ガーナは違和感を覚えた。
ランスロットは始祖たちのことを革命軍と言い放ち、敵意を向けていたことをよく覚えている。
……わざと違う名前で呼んだ?
敵の名称を勘違いさせる意図がわからない。
混乱させるだけである。
それを軍の中枢がわざと行うとは思えなかった。
「革命軍だと縁起が悪いからだよ」
イザトの言葉に対し、ガーナは首を傾げる。
……どっちも同じじゃないの?
革命軍は、帝国に革命を起こそうとする者たちである。
反王政軍は、現状の王政体制を覆そうとしている者たちである。
どちらも皇帝に逆らうという意味では同じだ。
「ええ? そんなの反王政軍だって同じじゃない。だって、反王政軍よ? 皇帝陛下に逆らう為の組織よ? 縁起悪すぎて、最悪じゃない」
ガーナの言葉を聞き、イザトは何度も瞬きをした。
ガーナの発想がおかしいわけではない。
「なによ。その顔。理解ができないって顔をしてるわね」
組織の名称だけを耳にした帝国民ならば、誰もが同じことを思うだろう。
「……いや。ごめんね。ヴァーケルさんは何も知らないんだったね」
イザトはいつもと同じように笑って見せる。
それがガーナにとって不気味に思えて仕方がないだろうと理解していながらも、張り付けた笑みを浮かべることしかできなかった。
……いつもなら、嫌になるほどに聞き返したけど。
問い詰めるべきではない。
ガーナはそう感じていた。
……だって、イザトも私と同じはずなのに。
帝国の為に生きてきたわけではない。
ただ、帝国に生まれたというだけである。
その共通点が壊れつつある現実を、ガーナは受け入れられなかった。
「革命軍は、二度も敗れているんだよ」
イザトが告げる言葉には聞き覚えがあった。
……授業で習った気がする。
帝国の歴史を習った際に聞いたような気がした。
しかし、詳細は知らない。
「革命軍の目的はね。帝国から始祖を解放することだったんだよ」
「……なんで? 自分で勝手に帝国の為に尽くしているんじゃないの?」
「そうだよ。始祖は帝国の為に生きているんだよ。でも、彼らの家族はそう思えなかったんだろうね」
イザトの言葉に対し、ガーナは目を閉じた。
……レイン君。
すぐに思い浮かんだのはレインの姿だった。
爵位を継ぐことが決まった途端、別人のような振る舞いを身に付けたレインは、シャーロットに対して強い執着心を抱いている。
それは危険なものではない。
しかし、一般的なものよりも限度の超えた家族愛ではある。
「人として生きることを望んだのは、始祖の家族だよ。でも、始祖たちは違った。始祖は帝国を選んだ。人としてすべてを捨ててでも、手に入れたいものがあったんだろうね」
イザトは歴史を見てきたかのように語る。
「革命軍は始祖に敗れたんだ。だから、始祖は革命軍を名乗りたがらない」
イザトの言葉を聞けば、シャーロットたちは否定するだろう。
帝国の為に振る舞っただけであると、淡々と事実だけを口にするだろう。
「自分たちが、歴史の闇に葬ってきた家族たちの姿を思い出したくもないのかもしれないね」
イザトは、始祖たちに心がないかのような言い方を選んでいた。
意図的に選ばれた言葉を聞き、リカは否定も肯定もしない。
……それはどうなんだろう。
ガーナの知っているシャーロットの姿を思い浮かべる。
シャーロットは家族の死を望まないだろう。
……兄さんは、覚えてもなさそうだけど。
イクシードは家族に興味を抱いていない。
血の繋がっていないガーナに対しては、それなりに兄らしく振る舞おうとしてはいたものの、最近はその努力さえもしようとしない。
「でも――」
ガーナが声をあげた時だった。
扉を三回、叩く音がした。
その音に気づき、三人とも扉に視線を向ける。
「坊ちゃん?」
返事も待たず、扉を開けたのはロヴィーノだった。
「うわぁ。立ったまま話をしてたのかよ。坊ちゃん、さすがに女性に対する対応が酷いぜ。俺様なら女性を立たせたまま話をするとか、絶対にしないね」
常識がなっていないと言わんばかりの口調で文句を言いつつ、ロヴィーノは許可もなく、部屋に入ってきた。
「……僕は貴族じゃないんでね」
イザトは嫌そうな顔を浮かべる。
それに対し、ロヴィーノは興味を抱かなかった。
「ヴァーケル嬢」
名を呼ばれ、ガーナは警戒した視線を向ける。
……なんか嫌なのよね。この人。
誰かに恨み言を託された気がする。
しかし、頭に靄がかかったかのように思い出せない。
……私、なにか忘れているような……?
思い出そうとしてみるものの、なにも心当たりが浮かばない。
「貴女にお客人だ」
ロヴィーノはわざとらしく、開けたままの扉の向こうへと視線を向ける。
そこに立っていたのはライラだった。
「ライラ」
思わず、ガーナは駆け寄った。
そして、迷うことなくライラに抱き着いた。
「良かった。ライラ。無事だったのね!」
ライラの心配はしつつ、どうなってしまったのか、問いかける勇気はなかった。
アクアライン王国との同盟が破綻したとは思えない。
しかし、帝国の安全が保障されなくなった以上、ライラが帝国に留まり続けることは難しいだろう。
状況が変われば、アクアライン王国に対する人質として扱われるかもしれない。
そのような状況下の中、こうしてライラと再会できるとは、ガーナは思っていなかった。
別れの言葉を告げることが許されないまま、唯一無二の親友と引き裂かれることも覚悟をしなくてはならない状況であることを、ガーナも理解していたのだ。
「……ガーナちゃんこそ、ご無事でなによりですわ」
ライラの声は震えていた。
恐ろしい目に遭ったのか。
それとも、ガーナの言動を知り、恐怖心を抱いてしまったのだろうか。




