04-3.二人の聖女は衝突する
「……私の兄さんよ」
ガーナは眉を顰めながらも言い切った。
「私が大好きな兄さんよ。私にとって、理想の兄そのものなのよ」
その言葉は本気だった。
ガーナの本音であることはリカにも伝わったのだろう。
かわいそうな被害者を見るような視線を向けているものの、ガーナの言葉を遮ろうとはしない。
「あの人は死んでしまった兄の代わりよ。だから、血が繋がってないわ。でもね、それを騙されているなんて言葉で表現しようとしないで」
ガーナは知っている。
両親の間には男の子が生まれていることを知っていた。
古びた写真の中で笑っている生まれたばかりのガーナと一緒に写っている見知らぬ少年こそが、本当の血が繋がっている兄であることを知っている。
……写真を見た時は、泣いて否定したけど。
両親に縋ってしまったことを思い出す。
学園に入学をする前のことだ。荷物を整理している最中、偶然、見つけてしまった古びた本の間に挟まれていた小さな写真だった。
何度も触れていたのだろう。
品質の悪い写真はボロボロになっていた。
しかし、その写真の中の家族は笑顔だった。
……でも、私の兄さんが二人になっただけの話だもの。
兄が二人いたことを拒絶する妹はいないだろう。
ガーナは自分自身を納得させ、受けいれていてきた。
それを誰かに否定されることだけは、許せなかった。
「私には二人も兄さんがいるの。それだけの話じゃない」
自慢の兄には変わらない。
胸を張って言い切れる。
「リカが本物の聖女様だっていうなら、あれでしょ? 兄さんはリカの兄さんだから返せって言いたいんでしょ」
そうでなければ、イクシードがガーナの兄ではないなどと告げないだろう。
ガーナの解釈に対し、リカは全力で首を左右に振った。
「……返さないで、ほしいよ」
リカにとって、兄は恐怖の対象だ。
聖女マリー・ヤヌットとして生きてきた年月は、リカにとって恐怖と苦痛の日々だ。それに耐えるだけの愛も手放してしまった。
「どうして? 兄さんなのよ?」
ガーナには理解ができない。
ガーナにとっての兄は理想そのものだった。
素っ気なく対応されたとしても、それさえも素晴らしいと褒め称え、些細なことで頭を撫ぜられた日には興奮して寝付けなかったこともある。
だからこそ、リカも兄が恋しくなったのだろうと決めつけていた。
悪夢を通して、聖女が兄から虐待を受けていたことを知っているのにもかかわらず、ガーナとして常識を捨てられずにいた。
「……わたしは、ずっと、お兄様が嫌いだったの」
リカは俯く。
千年近くの間、誰にも打ち明けられなかった本音だった。
「でも、お兄様が、いないと」
声が震える。
辛いならば話さなくてもいいと、慰めてくれる人はいない。
その代わり、ガーナは静かにリカの言葉に耳を傾けた。
「居場所は、なかった、から」
頬を涙が伝う。
聖女として持ち上げられたのは、戦争を正当化させるための旗印だ。
いつだってリカは利用され続けてきた。
「わたし、は」
言葉を詰まらせる。
本当は言いたくない言葉でも、それらしく、口にしなくてはならない。
「聖女に、ならないと、いけないの」
本音を心の奥底に隠す。
誰にも悟られないように隠し通すのは、リカの得意な行動だった。
本音を隠しながら生きてきた。
そうしなければ、生きることさえも許されなかった。
「だから、わたしが、聖女なんだよ」
涙を拭うことさえもできない。
それなのに、リカは聖女であると宣言をした。
「……なにそれ」
ガーナはリカの言葉に耳を傾けてみたものの、理解は一つもできなかった。
……被害者面?
心に浮かんだ言葉を否定する。
……違うよね。なんていうか、同情してほしい感じ?
それも、違うような気がした。
「私は聖女になりたくない」
ガーナは何度も同じ言葉を口にしてきた。
それは本音だった。
質素な家具だけが用意された部屋に閉じ込められ、外の情報が遮断されても、ガーナの意思は変わらない。
「私が聖女になりたくなくて、リカがなりたいなら、リカが聖女になればいいんじゃないの?」
聖女が二人いることはありえない。
それならば、なりたいと声をあげるリカを優先させればいい。
それだけで解決するような問題ではないことは、ガーナもわかっていた。
「リカにとって、聖女でいることが自分の居場所なんでしょ?」
ガーナの言葉に、リカはすぐに反応ができなかった。
聖女でいることが自分の居場所であると発言をしたのは、リカだ。しかし、それが本音ではないことくらいは伝わっているだろうと思っていたのだろう。
……本音も話せないのなら、相手にしたくもないのよね。
強引に連れてこられた場所である。
そこを探索もせず、部屋にこもったまま、意味のない対話を繰り返すだけなどガーナには耐えられない。
「私は怒らないし、泣かないし、我慢もしないわ」
感情的に振る舞うことで解決するような問題ならば、ガーナは自分自身の心に従い、それ相応の振る舞いをしてみせたことだろう。
しかし、それが通じる場所ではない。
そのことはガーナも分かっている。
「ここがどこか知ってる?」
ガーナの問いかけに対し、イザトは軽く頷いた。
話を聞いているだけだったイザトが反応したことに対し、ガーナは驚きつつも、視線をイザトに向けた。
「もちろん。知っているよ」
イザトは壁の華でいるつもりではなかったようだ。
「反王政軍だったかな。少し前までは革新派を名乗っていた過激派の組織だったんだけど、名称を改めたんだって」
ライドローズ帝国の現皇帝、アーロンを引きずり下ろす為だけの名称だ。
それに深い意味はない。
「ここは、反王政軍の本拠地だよ。あっ、リンの実家って言った方がわかりやすいかな?」
イザトは笑顔を保ったまま、言い放った。




