04-1.二人の聖女は衝突する
「そうか」
ジャネットは興味を失ったのだろうか。
視線をイザトから逸らし、隣に立っていたシャーロットに向けた。
「シャーロット」
「なんだ」
「案内しろ」
ジャネットの命令に対し、シャーロットは不満そうな表情を浮かべる。
……うわ。
ガーナは露骨なまでに不服だと言わんばかりの顔をしてみせたシャーロットに対し、引きつった笑みを浮かべた。
……よくあんな顔ができるね。
命令されることが好きではないのだろう。
シャーロットは嫌そうな表情を浮かべたまま、視線をガーナたちに向けた。
「ギルティア」
隣に立っていたイクシードの腕を引っ張る。
「案内しておけ。私は先に戻る」
「おい。押し付けんのかよォ」
「仕事を与えてやったんだ。ありがたく思え」
強引にイクシードをガーナたちに押し付けると、シャーロットはすぐに手を離す。それから、一度だけジャネットの表情を確認し、すぐに姿をくらました。
「逃げやがったなァ」
イクシードは大きなため息を零す。
「いいのかァ? ジャネット。あの我儘女はなにもしねェーつもりだぜェ?」
「いつものことだ」
「そうやってアンタが許すから調子に乗るんだろうがァ」
恨めしそうな視線を向けるイクシードに対し、ジャネットは動じない。
「少しは上に立つ者として振る舞えよなァ」
イクシードは面倒を押し付けられたと言わんばかりの視線をガーナに向けた。
……うん! 今日も兄さんはかっこいい!
ガーナは兄と目が合い、反射的に笑顔を浮かべる。
悪意のない笑みを向けられても、イクシードは動じない。
それに特別な反応を示すこともしない。
「まァ、どうでもいいかァ」
イクシードは返事を諦めたのだろう。
興味なさそうな視線をイザトに向けた。
「【空間転移魔方陣】」
イクシードの言葉に反応し、イザトたちの足元が闇に染まる。
「え?」
ガーナだけが気の抜けた声をあげた。
そして、そのまま、身体が闇の中に沈んでいく。
「えええええっ!?」
底なし沼に足を踏み入れたかのような勢いで沈んでいく身体を何とかしようと足搔く、ガーナに対し、イクシードは冷めた視線を向けていた。
既に隣に並んでいたはずのイザトとリカの姿はない。
【空間転移魔方陣】が発動した時点で強制的に移動させられたのだろう。
本来ならば、発動と同時に移動することができる魔法である。
足搔いているガーナの姿が異常なのだ。
「にっ、兄さんっ!」
下半身は既に闇の中に埋もれている。
それなのにもかかわらず、ガーナは迷うことなくイクシードに両腕を伸ばした。
「これ、どうなっているの!? 引き上げてよっ!」
混乱しているのだろう。
悲鳴に近いような声で助けを求める。
「兄さん!!」
伸ばされた手は掴まれない。
それでも、ガーナは手を伸ばし続けた。
……どうしよう。
上半身の半分も埋もれてしまっている。
……やばい。
あっという間に肩まで埋もれてしまった。
「にいさ――」
ガーナをあざ笑うかのように、ついにガーナの姿は闇の中に埋もれてしまった。
* * *
……死ぬかと思った。
一瞬、目の前が真っ暗になった。
死を覚悟した途端、【空間転移魔方陣】が発動したのだろう。
「ヴァーケルさん」
イザトに名を呼ばれ、全身を揺らす。
反射的に閉じていた両目を見開き、ガーナは名を呼ばれた後ろを振り返る。
「うわっ!? ――って、イザト。急に声かけないでよね! びっくりするじゃないの!」
ガーナはイザトの姿を見て安心したような声をあげる。
相変わらず、両腕は上げたままだ。
「驚くのは僕の方だよ」
それに対し、イザトは呆れたかのようにため息を零した。
「どうして腕をあげているの? それに僕たちよりも遅くなった理由は?」
イザトに問われて、ガーナは首を傾げながら両腕を下げる。
「兄さんに助けてもらおうとしたのよ。変な底なし沼に埋もれたからびっくりしちゃったのよねぇ」
「底なし沼?」
「そうよ。底なし沼。イザトもリカも気づいたらいなくなってるし、私、すっごく怖かったんだからね!」
ガーナの発言に対し、イザトは納得したのだろうか。
近くにあった椅子に腰をかけ、視線を逸らした。
「なによ。その顔は!」
言いたいことがあるのならば、はっきりと言えと言わんばかりに声をあげる。
「【空間転移魔方陣】って、魔法を知らないのかな」
「なにそれ。聞いたことないわよ。さては、習ってもいない魔法を知っているって自慢したいのね! いいわよ! その自慢、受けて立つわ!」
ガーナは自分自身を抱きしめながら、声をあげる。
わざとらしく体をくねらせ、わざとらしい振る舞いをするが、誰もそれに対して反応しない。
「って、嫌だわ。イザト。リカのことを気にしてあげてよね」
期待していた返答のなかったガーナは話を切り替えるかのように、視線をリカに向けた。
壁に背を向けた姿勢のまま、俯いているリカは何も言わない。
「リカ。どうしたのよ。リカらしくないわよ」
イザトとは一定の距離を保ったままだ。
少し前までのリカならば、イザトにすり寄っていたはずである。
まるで別人のような振る舞いをしようとするリカに対し、ガーナは遠慮しなかった。




