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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第5話 帝国の基盤が崩れる時、革命が起きる

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03-4.帝国を守る英雄は揺らがない

 いつものようにガーナの声を聞くだけで身体を震わせない。

 覚悟を決めてしまったかのような姿が痛々しい。


「ねえ、リカ」


 それでも、ガーナは諦めない。


「私が一緒に行くとリカの邪魔になるかな?」


 その言葉に対し、リカはゆっくりと首を左右に振った。


 ……言葉にできないのは怯えているから?


 以前からリカの口数は少ない。


 しかし、いつもよりも震えている身体を見る限りでは余計なことを口にすることができないように言い付けられているのだろう。


「私も一緒に行くよ。イザトも文句はないよね?」


 ガーナは大股で一歩を踏み出す。


 返事は待たない。


 どのような返事がきたとしても、ガーナの気持ちは変わらない。


「……僕になにを求めているの?」


「なにも。あ、でも、イザトがイザトのままでいられるといいなって思ってるよ!」


 ガーナは振り返りもしないイザトに対し、遠慮なく距離を縮める。


 それから無遠慮にイザトの腕を掴み、笑いかけた。


「大丈夫だよ。イザト。リカ。二人にはこのガーナ様がついているんだからね!」


 自信しかないような振る舞いをするガーナに対し、イザトは困ったようにため息を零した。


「そうだね。ヴァーケルさんに何を言っても無駄だもんね」


 いつもの口調で返事をしつつ、掴まれていない右手をリカに差し出す。


「えっと?」


「僕を連れて行くんでしょ。それなら、君もいかないといけないよね」


「え、あ、……うん」


 リカはその手を取ることしかできなかった。


 ……手を掴むことさえも諦めてしまったの?


 ガーナが知っているリカならば、その手を迷うことなく掴んだはずだ。


 いつも、泣き出しそうな顔をしながらも必死に生きようとしていたリカの姿を、ガーナは誰よりも知っている。


 ……違うよね。


 だからこそ、ガーナはイザトの腕を離した。


 そして、俯いてしまっているリカとイザトの間に立つ。


「リカ」


 ガーナは恐れを知らない。


 友人が得体のしれない感情に蝕まれているのならば、それを見過ごすことはできない。


 見捨ててしまえば、自分自身は救われるとしても、決して、見捨てない。


 それをリカも知っていた。


 知っていたからこそ、リカはありえないと言わんばかりの表情を浮かべたのだろう。


「大丈夫よ。このガーナ様がいるからね!」


 リカの左手を掴む。


 その手を振りほどかれることはなかった。


「イザトも。このガーナ様が一緒にいるんだから、心配はいらないわ!」


 イザトの右手を掴む。


 反射的に振りほどこうとするイザトの手を強く握りしめ、そのまま、大きく一歩を踏み出した。


 迷うことを忘れてしまったかのように歩き始める。


 その姿を止める者はいない。


 その歩みを阻む者はいない。


 ガーナの振る舞いが正しいことだと考える者は少ないだろう。しかし、誰もそれを否定しなかった。


「私が来てあげたわ! それで、なにをすればいいの?」


 ガーナはジャネットを見上げながら問いかける。


 ……怖い顔をしているわね。この人。


 シャーロットやイクシードとは違う。


 興味のなさそうな顔をしながら、ガーナに視線を向けたジャネットに対し、リカは露骨なまでに怯えていた。


 繋いでいる手が震えている。


 それを慰めるかのように、勇気づけるかのように、ガーナは手を繋ぎ続けた。


「茶番だな」


 ジャネットは呆れたように言った。


 視線をガーナではなく、イザトに向ける。


「作戦を開始する」


 ジャネットの言葉は、始祖たちに対する指示なのだろうか。


 ジャネットの傍に控えていたクラウスは地面を蹴り上げ、茫然としている教師たちの傍に移動し、アンジュは怯えている生徒たちにゆっくりとした足取りで近づいていく。


「間抜け面をどうにかしておけ」


 ジャネットはイザトに対して冷たい言葉を投げかける。


 興味がないわけではないのだろう。


「それが責任を取るのに必要だってことかな?」


 イザトは仮面のような笑顔を張り付けて、言葉を返す。


「僕にそれができるとでも?」


 自嘲するかのように笑う。


 レイチェル家の直系として生まれたからこそ、イザトは家族を奪われた。


 その血を恨むことを望まれ、死を望まれ続けて生きてきた。


 それなのにもかかわらず、皇帝の座に君臨し続けたアーロンが不要となれば、今までの扱いが嘘であったかのように振る舞われる。


 それを簡単に受け入れることができないのだろう。


「いいや」


 ジャネットは否定した。


「お前に言ったわけではない」


「僕に話しかけてきたのに?」


「お前ではない。お前の中に隠れている兄に問いかけたのだ」


 ジャネットは淡々とした声で否定する。


 イザトの存在価値はどこにもないのだと、告げるかのように、迷いのない視線をイザトに向ける。


「坊やにわかるように言ってやろう」


 ジャネットは幼い子どもに言い聞かせるような言葉を使う。


 彼らが他人を煽る時の癖だろうか。


 それとも、千年近く生き続けているからこその習慣なのか。


「ミカエラ・レイチェル」


 それは千年前の皇帝の名だ。


 その名を知らない者はいないだろう。


「お前の命よりも大切なものは我々の手の中にある」


 それはイザトに向けられた言葉ではない。


「失いたくなければ、坊やを殺せ」


 それはイザトに死を告げる言葉だった。


「坊やを守るのならば、我々はお前の宝を破壊する」


 宣戦布告だ。


 ……帝国を火の海にするってこと?


 ジャネットの告げる言葉の意味をガーナも悟ってしまった。


 ……ありえない。


 始祖は帝国の為に存在する。


 帝国が滅べば、始祖の役目も終わりだ。


 それは自ら死を選ぶ行為と等しいものだった。


 ジャネットはそのことを理解しているだろう。


 理解しているからこそ、わざとらしく告げたのだ。


「……僕には関係のない話だよ」


 イザトは静かに首を左右に振った。


 ……イザトだ。


 先ほどのような無意識に従ってしまうような威圧感はない。


 聞き慣れた友人の声だった。


 ……ということは、イザトの中に他人がいるってこと?


 フリークス公爵邸に招かれた時のライラを思い出す。


 他人に身体を乗っ取られたかのような振る舞いをしていたライラは、その時のことを語ろうとはしない。はっきりと覚えていないのだろう。


 それでも、他人が身体を乗っ取っていたという感覚だけは残っているようだった。



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