02-4.ガーナは聖女の役目を知らない
聖女を除く、六人の始祖が姿を現した。
それだけでランスロットが率いる軍人たちの戦意を奪ってしまう。
「反逆者は不要だ」
ジャネットの言葉は淡々としたものだった。
相手は六人だ。
人数だけならば学生たちを人質にしたランスロットの軍勢が勝っている。
それなのにもかかわらず、敗北は決まったようなものだった。
……勝てるわけがないじゃない。
箒に跨り、現れたのは帝国の主戦力だ。
わざわざ箒に乗っているのは、古きよき時代に戻るべきだと主張しているようにも見える。
……始祖を敵に回すなんて正気じゃない。
それならば、なぜ、聖女だけはいないのか。
聖女の転生者として選ばれたはずのガーナは何も知らない。
それが何を意味しているのか、すぐには理解できなかった。
「マリー」
その名を口にしたのはイクシードだった。
「役目を果たせ」
一方的に告げられた言葉にガーナは動けなかった。
……あれは、誰に言っているの?
マリーという名前の生徒はいない。
それは聖女の名だ。
帝国の混乱を招いた裏切りの聖女として百年間疎まれ続け、始祖たちとは行動を別にしている女性の名だ。
……私?
ガーナは聖女の転生者だ。
それは魂に刻み込まれている。
悪夢として見続けた聖女の記憶がガーナに立ち上がれと呼びかけているかのような激しい頭痛に襲われる。
……私が、聖女、なのに。
頭の中では理解をしている。
それなのにガーナは立ちあがれなかった。
……なにも知らない。私はなにも知らないよ。兄さん。
本能を刺激されたかのようにイクシードの言葉に従おうとする心は揺れる。
動くことができなかった。
その言葉に耳を貸してはいけないと誰かがガーナを引き留めているかのようだった。
「哀れな子に赦しを与えましょう」
ガーナの背後から声がした。
「すべては帝国の為に」
決められた言葉を口にしているかのようだった。
「すべては陛下の為に」
ガーナはゆっくりと振り返る。
……嘘よ。
声にならなかった。
イクシードの言葉に応えるかのようにゆっくりと立ち上がり、祈りの言葉を口にするのはリカだった。
目元を覆い隠した前髪が揺れる。
僅かに見えた目からは大粒の涙が零れ落ちた。
……どうして。リカ。
まるで自分こそが聖女であると主張するような行動だった。
こうなることがわかっていたかのような振る舞いだった。
……どうしてなの。
リカは怯えている。
恐怖で泣き出しそうになっている。
それを隠すかのように言葉を紡ぐ姿は、ガーナが毎夜見させられてきた悪夢の中で繰り返される聖女と重なって見える。
「哀れな魂の救済を祈ります」
神に祈りを捧げるかのようにリカはゆっくりと膝を折り曲げ、片膝をついて祈りの姿勢を取る。
「聖女の祈りは捧げられた」
シャーロットの声が響き渡る。
大声を張り上げているわけではないのにもかかわらず、その声はこの場にいる全員の耳に届いたことだろう。
「これより我々は帝国の誇りの為に行動を開始する」
シャーロットの言葉を遮る者はいない。
……ダメ。
ガーナは祈りを捧げ続けるリカに手を伸ばす。
……ダメだよ。リカ。
悪夢の中に消えていった黒髪の女性とリカの姿が重なる。
三十分ほど前まで見ていた悪夢の中で死を怯えていた聖女の姿と重なる。
……他の方法を探さなきゃ。
声には出せなかった。
本物の聖女であると主張するかのように祈りを続けているリカに伸ばされた手は震えている。
もう少し伸ばせは触れられる距離にいるのにもかかわらず、それ以上は腕を伸ばすこともできなかった。
触れることを諦めたかのようにゆっくりと腕を降ろしていく。
「反逆の徒を許すな」
ジャネットの言葉を拒める者は多くはない。
武器を構えていたランスロット側の軍人たちは示し合わせたかのように武器を地面に落とす。
それから赦しを乞うかのように膝を付き、頭を垂れた。
異常な光景だった。
それなのにもかかわらず、ガーナはなにもできなかった。
「武器を取れ!!」
ランスロットの声は震えていた。
「アーロン皇帝陛下の国である!!」
ジャネットの言葉に従おうとしてしまう自分自身を叱咤するかのように剣を構え、真っすぐな目をジャネットたちに向けた。
「奴らは革命軍だ! 皇帝陛下の命を狙う敵である!!」
その言葉に応じられる者は残っていない。
「反逆の徒は我々ではない!!」
ランスロットは覚悟を決めたのだろう。
その声が部下たちに響かないとわかっていながらも、屈しなかった。
「【火の鳥よ。襲撃せよ】」
もう一度、魔法を放つ。
「あら。残念ですわ」
火の鳥は飛びかかる前に消滅した。
一瞬だった。
ランスロットの身体が地面に衝突する。
「勇ましい軍人は嫌いではありませんのよ」
地面に付したランスロットの身体を足で踏みつけるのはアンジュだ。
「アタシたちを選べばよかったのに」
心の底から残念そうに笑う。
「大佐殿。アタシに踏まれて死んでいったことは名誉の死に含まれるのかしら」
ランスロットの命は散った。抵抗さえも許されなかった。




