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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第5話 帝国の基盤が崩れる時、革命が起きる

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02-2.ガーナは聖女の役目を知らない

「……ぁっ」


 小さな声を上げる。


 僅かな抵抗と言わんばかりに伸ばされた腕は、いつの間にか、目の前に立っていたイクシードのズボンを掴んだ。


 蹴り飛ばされなかったのは儀式の場だからだろう。


「お、お願い、です」


 声は震えていた。


「助けて。殺さないで。お願いだから」


 マリーは何度も同じ言葉を繰り返した。


 イクシードは魔方陣が描かれた床に転がされているマリーを冷めた目で見降ろしていた。


 その手には【物語の台本(シナリオ)】を正常に稼働させ続ける為の儀式専用に用意された大剣が握られている。


 豪華な宝石で埋め尽くされている柄を握り、慣れている作業をするかのように剣先をマリーの首元に当てる。


「死にたくな――」


 最後までマリーの言葉が紡がれることはなかった。

 迷うことなく剣を振り下ろされ、マリーの首は斬り落とされる。


 飛び散った血液は魔方陣に吸収され、徐々に体温を失っていくマリーの肉体もゆっくりと魔方陣に吸い込まれていく。


「儀式は成功した」


 ジャネットの手の中には古びた羊毛紙があった。

 それはマリーの命と引き換えに手に入れた予言だ。


「今回も転生はしない」


 ジャネットの告げた言葉を聞き、シャーロットは大げさなため息を零した。


 アンジュは露骨なまでに肩を落とし、クラウスは分かりきっていたことだと言わんばかりの表情を浮かべていた。


 それぞれの反応を見ていたロヴィーノは舌打ちをしており、マリーの首を斬り落とした剣を丁寧に磨き始めたイクシードは興味すらなさそうだった。


「不自然だ」


 ジャネットは眉を潜めた。


「魔道具の異常を確認するべきか」


 既にマリーの身体の半分以上は魔方陣の中に引き込まれている。


 百年ごとに繰り返してきた儀式だ。それなのにもかかわらず、ジャネットたちの望みは未だに叶えられていない。


「製作者は?」


 ジャネットは羊毛紙を握りしめながら、視線をシャーロットに向けた。


「ミカエラだ」


 それに対し、シャーロットは指で髪を遊びながら答えた。


「母上の遺骨を提供したが、製作には関わっていない。私は魔道具に関しては素人だ。その手の話題に詳しい者は仲良く土の下で眠っていることだろう」


 シャーロットはわざとらしく口角を上げた。

 素人だと口にはしているものの、心当たりが全くないわけではない。


「そうか」


 ジャネットは視線を魔方陣に向けた。


「仕方がない。死人に聞くか」


 生前通りに蘇らせる方法は存在する。


 しかし、それを実行する為には複数の手順を確実に行わなくてはならず、条件が厳しいものばかりだ。そもそも、死後数日以内に行わなくては意味がない。


 それは、世間一般では禁忌の一つとされているものだ。


 その存在を知る者も数えられるほどになっている。


「多大な生贄が必要だ」


 始祖は帝国の英雄である。


 それはライドローズ帝国に限っての話だ。他国にとっては、言いがかりをつけて侵略行為をする悪党の集団に見えることだろう。


「手頃なところを探してこい」


 ジャネットの言葉を聞き、シャーロットたちは一瞬で姿をくらませた。


 侵略を行う為の言い訳を探す為、それぞれの心当たりがある場所に移動をしたのだろう。



* * *



 激しい揺れと共に鼓膜が破れるのではないかというほどの爆発音がした。


 いつの間にか机に伏せて眠っていたガーナは飛び起き、勢いのまま、椅子と一緒に転倒をする。


 激しい攻撃を受けているかのような鳴りやまない爆発音とともに精巧な作りをしているはずの窓ガラスは飛び散り、教室に残っていた生徒たちの悲鳴さえも爆発音によってかき消されていた。


 ……なによ。一体。何が起きたの!?


 居眠りをしていたからだろうか。


 状況が理解できない。


 ガーナは常備しているナイフをポケットから取り出し、刃を守っている短刀用の鞘を外し、周囲を警戒する。


 爆発音は収まった。


 まるで攻撃の意思はなかったのだというかのように静まり返ったものの、誰一人、安堵の声を上げる者はいなかった。


「どういうつもりですか!?」


 リーリアだ。


 ガーナが所属をする高等部一年A組の担任であるリーリアは戸惑いを隠せない声を上げていた。


「絶対的な安全を誇るべき学園が襲撃されるなど――」


「君は黙っていなさい。教員である女性が反逆罪で捕まるなど世間の目が許さないでしょう」


 ガーナは声がする方向に視線を向けた。


 ……軍人だ。


 リーリアの講義を嗜めるような発言をしながらも、学びの場である教室を踏み荒らすかのように武器を手にした軍人たちが次から次へと姿を現す。


 ……でも、なんか、変な感じ?


 訓練は受けているのだろう。


 職業軍人ということもあり、厳しい訓練の中で生活をしているのだと何度も授業で聞かされたことを思い出す。


 それなのに、ぎこちない動きをしている者も少なくはなかった。


「偉大なるアーロン皇帝陛下は君たちを選ばれた」


 教室の床に座り込み、突然の事態に頭が追い付いていない子どもたちのことを考えていないのは丸わかりだった。


「フリアグネット魔法学園の全生徒はこれより陛下の忠実な兵となる」


 リーリアを押しのけて前に出た恰幅の良い男性は、皇帝陛下の命令であると強調する。


 ……は?


 ガーナは何度も瞬きをした。


 戦争が始まったのだろうか。


 それとも、戦争をするための準備だろうか。


 ……シャーロットたちがいないのに?


 どちらにしても、この場に始祖と呼ばれるシャーロットたちの姿がないことに酷い違和感を覚える。


 帝国の勝利には欠かせない存在である英雄たちが戦いの指揮をとらなかったことなど、千年近い歴史の中で一度もなかったことだ。


「テンガイユリ家の発展の為、その命を捧げよ」


 淡々とした口調で告げられた言葉に対し、誰一人、応える者はいなかった。


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