表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第5話 帝国の基盤が崩れる時、革命が起きる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

176/187

02-1.ガーナは聖女の役目を知らない

* * *



「――マリー」


 黒一色で統一された質素な造りのドレスに身を包むマリーに声をかけたのはイクシードだった。


「役目を果たせ」


 淡々と告げるのはマリーにとって死刑宣告に等しい言葉だった。


 戦争を引き起こし、敵に捕らわれた時とは違う。


 卑しい魔女として磔にされ、燃やされた時とは違う。


 古びた写真立てを抱き締めたまま、起とうとしないマリーに対し、イクシードは舌打ちをする。それから迷うことなく、マリーの左肩を掴む。


「さっさとしろォ」


 苛立ちが隠しきれていない。


 その言葉に対し、露骨なまでに怯えているマリーの目には涙が浮かんでいた。


「……い、いや、です」


 震えた声だった。


 マリーは始祖の一人だ。そして、聖女として特別な役割を与えられていた。


 それはマリーが望んだことではなかった。


「あァ? なんだって?」


 イクシードはマリーの左肩から手を離し、マリーの正面に回る。


 それからマリーの恐怖で歪んだ顔を覗き込むように中腰になった。


「も、もう、死にたくな――」


 右頬を叩かれた。


 首がもがれてしまうのではないかと思うほどに強烈な一発だった。


「マリー」


 諭すような声だった。


「役立たずだなァ」


 今度は左頬を殴る。


 先ほどよりも強い力だった。遠慮も迷いもなかった。


【物語の台本(シナリオ)】には生贄が必要だ」


 幼い子どもに言い聞かせるように語りかける。


「お前に重要な役目を与えてくれたのが誰か忘れたかァ?」


 右頬を殴る。


 三発殴られたことにより、真っ赤になった頬を気にすることもせず、イクシードは感情の籠っていないような冷たい視線をマリーに向け続けた。


「本物を食ったお前を救ってやるって言ってくれたのはァ?」


 それはマリーの意思ではなかった。


 予言された英雄の一人である聖女は別にいた。しかし、聖女となる予言を与えられた少女は物心がつくよりも幼い頃に命を奪われた。


 その上、聖女の不在を予言者に悟らせないように命を失ったばかりの身体を他人の食事に混ぜられて与えられた。


 その実行犯はイクシードだった。


 そして、聖女の身体を食事に混ぜられた被害者はマリーだった。


「食人は大罪だ。それを償う機会を与えくれたのは誰だったァ?」


 帝国の英雄であるイクシードは罪に問われない。

 問われるのは被害者のはずのマリーだけだった。


「なァ。マリー?」


 イクシードはマリーが抱きしめていた写真立てを取り上げる。


 そして、古びた写真を見て、ため息を零した。


「恩に報いたいって言ったよなァ?」


 マリーが愛している人の写真だ。


 帝国とは名ばかりの小国だった国の立て直しを図り、予言された英雄たちの力を強化することに命を捧げ、最後には帝国の礎になることを選んだミカエラの写真はマリーの支えだった。


 何度も転生を繰り返している始祖たちとは違い、ミカエラは転生しなかった。


 その身に背負うことになった罪が重すぎたのか。それとも、己の意思で表舞台に立たず、人知れず、転生を繰り返しているだけなのか。


 どちらにしても、ミカエラが彼らの前に姿を現すことはなかった。


「それなら役目を果たせよ」


 イクシードはマリーの左腕を引っ張り、強引に立たせる。


 それでも、出来ないと訴えるように首を左右に振り続けるマリーの小さな主張を認めることはなく、遠慮なくマリーの身体を引きずっていく。


「……私は説得をして来いと言ったのだが」


 マリーが閉じこもっていた部屋の壁に背を預けていたのはシャーロットだった。


 二人の様子を眺めていたのだろう。


 マリーの頬が殴られようとも、気にも留めなかったのかもしれない。


「説得しただろォ?」


 イクシードは当然のように主張する。


「暴行をしただけだろう」


 それに対して、シャーロットは呆れたように応えた。


「六百年経っても子どもだな」


 シャーロットは視線をマリーに向ける。


 駄々を捏ねる子どもを見るような目だった。


「準備は整っている。早く連れてこい」


 シャーロットは部屋を出ていく。


 マリーを助けようとはしない。【物語の台本(シナリオ)】を正常に動かす為の生贄になることがマリーに与えられた役割なのだと疑ってもいないのだろう。


「……助けてよ」


 マリーは小さな声で呟いた。


 その声はイクシードの耳には届いているだろう。しかし、マリーのことを都合の良い道具のように扱うイクシードがその声に応えることはない。


 シャーロットの後ろを追いかけるようにイクシードはマリーを引きずりながら廊下を早足で進んでいく。


「いたっ」


 引きずられているマリーが悲鳴を上げようとも、涙を流そうとも、けがをしても気にすることはなかった。


 すれ違う軍服に身を纏った人々もマリーに視線を向けない。


 帝国を支えている七人の英雄だ。始祖として崇められている彼らの力を維持し、その存在を支えている為の犠牲として聖女は命を捨てる。


 それを非難する人はいなかった。


 自分たちの身の安全が保障され、帝国の栄華が続くのならば、聖女が犠牲になっても仕方がないことだと納得してしまうのだろうか。それとも、始祖の考えていることを理解することは不可能だと諦めたのか。


 どちらにしても、マリーを助けようとする人はいなかった。


「――入れ」


 厳重に管理をされた部屋にマリーを放り投げる。


 イクシードの手によって投げられたマリーの身体は宙を舞い、勢いよく床に身体を叩きつけられた。それを心配する人はいない。


「儀式を始める」


 淡々とした声でマリーの死を宣告するのはジャネットだった。


 逃げようとするマリーの身体を床に押さえつけるアンジュは、同情をしているかのような表情をしているものの、儀式を止めようとはしない。


「……」


 マリーは孤独だった。


 彼女の意思を尊重する者はおらず、彼女の声に耳を傾ける者もいない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ