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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第5話 帝国の基盤が崩れる時、革命が起きる
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01-2.革命の末に笑うのは誰だ

「殿方は革命に夢を見る生き物なのですわね」


 その場には二人しかなかったはずだ。


 足音の一つさせることもなく、レインとジャックの前に座っていたのは幼い子どもの姿をしたアントワーヌだった。


「いつの間に来たんだよ」


 ジャックは眉を潜めた。

 彼は七百年前の記憶が強いのだろう。


 ……アントワーヌのことを疑いもしないのか。


 ジャックは物心ついた頃から前世の記憶を持っていた。


 それを誰にも打ち明けることもせず、七百年前、共に革命の夢を抱いたレインが記憶を取り戻すことを信じて疑わずに待ち続けていた。


 ……記憶というのは恐ろしいものだ。


 当時のことを鮮明に思い出させるかのような幼い姿をしているアントワーヌの存在をすぐに受け入れることができたのも、ジャックが前世と何も変わっていないことを証明している。


「お母様が連れてきてくださりましたのよ」


 アントワーヌは悪びれない。


「よかったですわね。お兄様。アイビー兄様」


 心の底からそう思っているかのように笑ってみせた。


 レインの姉として転生した事実を捨て、新たな身体が与えられたことに疑問すらも抱いていないのだろう。


「今度こそは一緒にいられますわ」


 アントワーヌの言葉に対し、ジャックは居心地が悪そうな顔をした。


 ジャックが思い出すのは前世の記憶だろう。七百年前、革命を夢見たジャックたちが引き起こした暴動により、なにもかも、引き裂かれてしまった。


「アントワーヌ」


 レインは当然のように隣に座っているアントワーヌの頭を撫ぜる。


「……変な顔をなさるのね。お兄様」


 アントワーヌは不思議そうな顔をしていた。


 レインの行動が理解できないのだろう。


「アントワーヌはここにおりますわよ」


 子どもの姿で笑う。


 思考回路や感情はすべて見た目年齢と同じくらいだろう。身体の年齢と一致しない記憶に対し、違和感を抱かないように魔法をかけられていることをアントワーヌは知らない。


 だからこそ、シャーロットの娘として笑うのだ。


 一度は手放してしまった前世に縋りついた結果だった。


 ……俺たちの選んだことは正解だったのだろうか。


 歪な形でしか共に生きることは出来ないのだと気づいてしまった。


 前世の記憶を取り戻しただけのレインとは異なり、アントワーヌはレインたちの姉として生を受けたサニィの存在そのものを消し去る形で蘇った。


 それは現代ではありえないとされている現象の一つだった。


「そうですよね」


 レインは笑ってみせた。


「迷っている暇なんて俺たちには残されていないんでしたね」


 レインの言葉に対し、ジャックは分かっていると言いたげな顔をして頷いた。


 なにが言いたいのかわからないと言いたげな顔をしていたアントワーヌは、不思議そうな顔をしたまま、大人しくレインに頭を撫ぜられ続けていた。



* * *



「――レイン君は今日もお休みなんだねぇ」


 ガーナは頬杖を付きながら、大きな独り言を口にした。


 季節は六月になろうとしている。


 部室内で気絶をした日以降、レインとシャーロットは登校をしていない。一か月ほど登校していないというのにもかかわらず、魔法学園は何も動こうとはしなかった。


「教室もずいぶんと寂しいものになっちゃったし」


 ガーナたちが在籍しているA組の半数以上が欠席している。


 こうして大きな独り言を口にしていても、睨みつけられない。ガーナのことを疎んでいる由緒正しき貴族の子息子女たちは例外なく登校していないからだ。


「ライラも呼び出されてから戻ってこないし」


 ガーナは大きなため息を零した。


 ……イザトは居眠りしてるし。


 疲れているのだろうか。


 一か月前から体調が優れないのだと口にしていたことを思い出す。この時期は雨の日が多くなることもあり、体調を崩すのも仕方がないだろう。


 ……リカはイザトの傍から離れないし。


 居眠りをしているイザトに声をかけることもしない。


 ただ、隣で見守っているだけである。


 ……つまらないなぁ。


 アクアライン王国の使者から呼び出されたまま、ライラは戻ってこない。


 リンは先週から無断欠席を続けており、寮にも戻っていないようだ。


「はああああっ」


 わざとらしく大きな声を上げる。


 視線をリカに向ける。イザトに付き添っているだけのリカはガーナの大きな声に怯えた様子も見せず、興味もないのか、振り返ることさえもしなかった。


 ……なんだろう。


 違和感があった。


 人見知りの傾向が強く、常に何かに怯えていた。ガーナの友人の一人ではあるものの、会話が成立したことは数えるほどしかない。


 ……なんか変なんだよね。


 なにかが引っかかる。


 しかし、頭の中に靄がかかってしまったかのように答えが導き出せない。


「……変なの」


 違和感だけがある。


 それなのに、それについて深く考えようとすると頭が痛くなる。


「私も休めばよかったなぁ」


 机に身体を押し付ける。


 この体制で眠れるとは思っていない。しかし、大きな独り言を口にしても何も言われない状況に耐え切れず、目を閉じた。


 ……早く帰ってこないかな。


 先月までは気が遠くなるほどに忙しい日々だった。

 それすらも恋しくなる。


 ……悪い夢を見そう。


 毎日のように夢を見る。

 聖女マリー・ヤヌットの痕跡を見続ける。


 生々しい記憶はガーナの心を揺さぶろうとしているかのように現実味を帯びており、それを見ることになるのだと思うと気が滅入ってしまう。



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