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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第4話 裏切り聖女は革命を望まない
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09.英雄は革命を望む

* * *



「おはよう。早かったな」


 自室のベッドで眠り続けるガーナの様子を見守っていたのだろうか。

 ベッドの傍にあった椅子に座りながら本を読んでいたシャーロットはようやく目を開けたイクシードに対し、声をかける。


「……おう。ロヴィーノは?」


「帰ったよ」


「彼奴より遅かったのかよォ」


 イクシードは不満げに声を上げて伸びをする。


 それからまだ眠りについているガーナに視線を落とした。


「成果は?」


 シャーロットは本を閉じる。


 そのまま本を宙に投げると元の場所まで自動的に戻っていく。


「予言は告げた」


 イクシードは淡々と事実を告げる。


「家族じゃねェことも告げた」


 その目には家族愛の情は宿っていない。


 しかし、軽蔑をするような冷たい目でもなかった。


「それでも、俺を信じると言った」


「そういう人間なのは知っているのではなかったか?」


「知っていた。だが、それは俺が兄だと信じていたからだろォ?」


 イクシードはガーナに触れることはない。


 深い眠りについているガーナは、今日、目を覚ますことはないだろう。


「最後の最後までェ、俺のことを“兄さん”と呼んでいたんだ」


 視線を外す。


「シャーロット」


 シャーロットを見る目は親に縋りつく子どものようだった。


「ガーナの最後は俺にやらせろ」


 予言を告げられても、ガーナは変わらないだろう。


 手荒な真似をされてもイクシードのことを兄として慕うだろう。


 それは問いかけなくてもわかってしまうことだった。


「……それは私が決めることではないよ」


 シャーロットは困ったように笑う。


「だが、ギルティアの珍しい我儘だ。進言はしてみよう」


 ゆっくりと立ち上がる。


「会議の時間だ。行こうか」


「おう」


 シャーロットが差し出した手を迷うことなく掴み、イクシードは立ち上がった。そして、もう一度、ガーナを見る。


「じゃあな、ガーナ」


 気持ちよさそうに眠っているガーナは幸せな夢を見ているのだろうか。


 触れることもせず、すぐに視線を外した。



* * *



「どうだった?」


 軍内部にある始祖たち専用の執務室に移動をした途端、ジャネットから声をかけられた。


「計画通りに進んでいると判断しても問題ないだろう」


 愛用しているソファーに腰をかける。


 シャーロットの隣には当然のようにイクシードが座っていた。


「そうか」


 ジャネットは手元にあった書類に視線を落とす。


「坊ちゃんの話は聞いたか?」


 ジャネットの表情は変わらない。


 しかし、声色はいつもより楽しそうだった。


「簡単に揺れ動いたそうだ」


 今にも笑い出しそうな声だ。


 既にロヴィーノから報告が上がっていたのだろう。投げつけられた書類に目を通すシャーロットの口角があがる。


「ガーナ・ヴァーケルは坊ちゃんにとっては大切な存在のようだ。魂を揺らがすほどに重要な人物に育てたことを感謝しなければならない」


 これほどに愉快なことはないだろう。


 ジャネットは珍しくご機嫌のようだ。


 愛おしい子を褒めるように書類を撫ぜる。そこにはシャーロットが手にしている書類と同じ言葉が書かれていることだろう。


「理想的な駒だ」


 ジャネットは顔をあげる。


「作戦は事前通達した通りだ」


 ジャネットの言葉を聞き、シャーロットたちは立ち上がる。


 執務室にいるのは七人。不安そうな表情を浮かべるリカを含め、全員が帝国の為に身を捧げることを誓い、帝国の為に生きることを選んだ始祖だ。


「我々、七人の始祖は帝国の為にある」


 ジャネットは机を撫ぜる。


「帝国に正義を捧げよ」


 書類たちは自動的に片付けられ、机の上に現れた騎士等の形をする複数の駒たちの並んだ盤上だ。チェスゲームのように見えるのはジャネットが始祖としての力を行使することを決めたことを意味する。


「我々の正義は帝国と共にある」


 声を張り上げることはしない。


 執務室に揃っているジャネットを除いた六人に声が届けばいいのだ。


「危機を払い除けるのは始祖の役目である」


 それは、イザトが口にした言葉だった。


「我らが主は告げた。レイチェル家はガーナ・ヴァーケルを聖女として認めるとお告げになった」


 ジャネットは全員の顔を確認する。


「我らが正義は主と共にある」


 それはこの場にいるリカを否定する言葉だ。


「“偽物は革命を呼び込む。生き残るのは正義のみ。帝国は再び危機に陥る”」


 ジャネットは予言を口にする。

 先月、懺悔の塔に眠る大預言者によって告げられた予言は力を帯び、帝国全土を包み込むだろう。その予言に抗う方法は存在しない。


「“主は道を誤る。正義に惑わされた主を救うのは偽物のみ”」


 それはリカだけが知らされていなかった予言の言葉だ。


「新たな予言が告げられた。――しかし、我らの最優先事項は変わらない」


 ジャネットは駒を掴む。


 魔女の格好をした駒を宙に投げた。


「最優先するべきは、主の言葉ではなく帝国である。よって、我らは帝国の災いを取り除き、主の誤りを正す為の革命こそが正義であると主張する」


 会議は話し合いの為に行われるわけではない。


 始祖たちの意思を一つに統一する為に行われる儀式の一環である。


「“傲慢の王”ジャネット・レテオ・レイチェル。帝国の正義を捧げる」


 駒はジャネットの言葉と共に床に落ちる。


 それが合図だった。


「“強欲の災厄”シャーロット・シャルラハロート・フリークス。帝国の為に敵を殲滅することを望む」


 シャーロットは大鎌を出現させ、柄で床を叩く。


「“嫉妬の女神”アンジュ。帝国の敵の息の根を止めて差し上げましょう」


 アンジュは両手に様々な暗器を握りながら、ゆっくりと片膝を付き、忠誠を誓う。


「“憤怒の死神”クラウス・ローリッヒ。帝国の敵の全ての首を撥ねることを望む」


 クラウスは二メートルを超す大剣を掲げる。


「“暴食の疫神”ロヴィーノ・レテオ。帝国の全てを圧し潰し、勝利を捧げる」


 ロヴィーノは貴族としての最敬礼をする。


「“色欲の悪魔”ギルティア・ヤヌット。全ては帝国の正義であると予言を告げる」


 イクシードは弓矢を手に取り、愛おしそうに撫ぜる。


「“怠惰の聖女”マリー・ヤヌット」


 最後はリカの番だった。


「正義の旗印として、帝国の勝利を祈ります」


 ゆっくりと両膝を付ける。


 聖女であるのは自分自身であると主張するかのように祈りを捧げる。


「始祖は帝国の為にある」


 ジャネットは笑った。


 各々、戦う準備は整っていると告げる言葉を口にするのは、開戦前には必ず行われる会議の定番である。始祖の意思は一つであると誓うようなものだ。


「革命を正義に塗り替えよ」


 ジャネットは始祖の中でも特殊な立場にある。


 始祖たちを指揮するのはジャネットだけである。その言葉は強制力を持つ。


「各々、与えられた役目を全うせよ」


 その言葉が合図だった。

 ジャネットを除き、全員が執務室から一瞬で姿を消した。



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