08-6.真実は夢の中に隠されている
「兄さん、みーつけた!」
凍り付いた森の中、イクシードは古びた椅子に座っていた。
なにをするわけでもなく、ただ座っているだけだった。
「見つけてくれて助かったぜェ?」
「えぇ? 兄さんが隠れていたんじゃないの?」
「ちげェーよ。介入するのにはァ、ちィーっと面倒な規則があってだなァ」
退屈そうな表情だった。
イクシードはガーナを手招きする。それに応じるようにガーナはなにも疑うことなく、イクシードの傍に歩いていく。
「座れよ、ガーナ。話をしようぜ?」
イクシードが指をこすり合わせれば、現れたソファー。
古びた庭には不釣り合いな派手な装飾が施されたソファーにガーナは腰を掛ける。
……変な感じ。
ソファーの感触が伝わる。
夢とは思えない程に柔らかな座り心地に、ガーナは笑い声を漏らした。
……兄さんと向かい合って話すなんて考えたこともなかったのよねぇ。
今もイクシードのことを尊敬し、信頼している。
それはライラが傷つけられた後も変わることがなかった。
イクシードのことを信じ続けなければならないと暗示をかけられているような気分に陥ることが度々あったが、それでも、ガーナは自分自身の心の声に従うことを選んだ。
……うん。これは、いい機会なのかも。
違和感がある。
真正面に座るイクシードの顔を見つめる。何一つ似ているところがない兄妹は兄妹らしい会話をしたことすらなかった。
「ここがどこかわかっているのか?」
「うん。夢の中だよ。でも、いつもの夢とは違う。さっきまではティアラお姉さんの夢の中で、今は、私の夢の中なのかな。それも変な違和感があるんだけど、兄さんはなにか知ってるの?」
ガーナの言葉に対し、イクシードは口角をあげた。
他人を見下すような笑い方だ。
「あァ、知ってるぜ」
ゆっくりと足を組む。
それから真っすぐとした目をガーナに向けた。
「【幻想の指輪】。だいたい千年前に作られた魔道具の中だ」
イクシードは答えをすぐに口にした。
「指輪? ……それって、ユーリちゃんが私に渡してほしいってライラに頼んでたあの変な指輪のこと?」
ガーナも心当たりがあった。
指輪そのものには触れていない。箱を開けてしまっただけだ。
「そうだ。指輪に触れただろ?」
「箱には触れたねぇ。でも、私はそんなに手にしてなかったよ。私が眠ってる間、持っていてくれたのはライラだもん。――ってことは、まさか、ライラもこの夢の中にいるの!? それなら急いで助けに行かないと!!」
「落ち着け。あの女は来てねえよ」
すぐに立ち上がったガーナだったが、イクシードの言葉を聞き、安心したような表情を浮かべて座り直す。
「どうしてお前だけが取り込まれたのかを考えてみろよ」
「……私に用事があったから?」
「そんなことはねェなァ」
イクシードは笑う。
その笑い声にガーナは首を傾げた。
……なんだろう。
嫌な予感が消えてくれない。
「えぇ、じゃあ、ティアラお姉さんに会う為?」
「ただの偶然だ。あの女が生きていたなんて誰も知らなかったしなァ。知った時にはシャーロットも酷く驚いていたぜ? 彼奴のあんな顔を見るのなんか何百年ぶりだったかなァ」
イクシードの言葉に対し、ガーナは言葉を詰まらせた。
……誰も知らなかった?
嘘だと思った。
千年間、誰も気づかなかったはずがない。
……お姉さんはずっと生きていたのに?
【幻想の指輪】は使用されることもなく、軍の倉庫の中で眠り続けてきたのだろう。万が一、悪用されることはないように厳重な管理下にあったのだろう。
……そんな酷い話があるなんて。
その間、ティアラはずっと生きていた。
誰も来ない場所で生き続けていた。
それはどれほどの苦痛であったのか。
ガーナには想像することもできない。
「笑っちまったよ」
イクシードはくだらないと言いたげな表情で言い切った。
「あの女にはそんな価値があったなんて思いもしなかったからなァ」
「価値? 兄さん、まさか、ティアラお姉さんを利用するつもりなの?」
「利用価値はねえよ」
イクシードはティアラと親しくなかった。
それどころか異種族の血を持つイクシードのことをティアラは毛嫌いしていた。それが友人の傍に立つことをなによりも嫌がっていた。
「だって、今、価値があったって言ったじゃない」
「価値はあった。シャーロットの心を揺さぶるだけの価値がある。だからなァ、シャーロットの目の前で壊してやれば、もっと、面白いことになったと思わねえかァ?」
イクシードの言葉の意味をすぐに理解できなかった。
「え?」
意味のない言葉が口から零れる。
「なにを言ってるの?」
【幻想の指輪】の中に閉じ込められ続けていたティアラがシャーロットのことを友人だと思っているということをガーナは知ってしまった。恐らく、同時期を生きてきたイクシードもそのことを知っているだろう。
「壊すってどういうこと? 中にティアラお姉さんがいたことを知っていたんでしょ? 兄さん、ティアラお姉さんをどうするつもりだったの?」
だからこそ、イクシードの言葉が理解できなかった。
「シャーロットの友人なんかいらねえだろ」
それが当然の答えであるかのようにイクシードは断言する。
「シャーロットの理解者は俺だけだ。アァ、勘違いすんなよォ? 仕事仲間は別だ。二人だけじゃあ戦争を起こしてもつまらねえからなァ。ロヴィーノなんか最高だぜ? 彼奴と戦場を引っ掻き回すのは何回やっても飽きねえからなァ」
その言葉に、ガーナは口を開いたまま動けなかった。
質の悪い冗談を口にしているわけでもなければ、ガーナをからかう為に嘘を口にしているわけでもないだろう。
「人間なんか放っておいても自分勝手に言い訳を作って生きていくんだ。俺たちが踏み荒らしたところでなにも問題はねェよ。必要不可欠な犠牲って言っておけばなにとでもなるしなァ」
今までガーナに見せていた兄としての姿こそが偽りだった。
……これが兄さんの本性。
知りたくなかった。