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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第0話 少女は聖女に仕立て上げられる
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06-3.知っているのに知らない。それは恐れである。

「私たちは英雄とは名前だけの化け物だ。力の持たない聖女にはなにも守ることはできない。――これだけは忘れるな。貴様には、人間を守ることなど出来やしない」


 シャーロットは雨を毛嫌いしている。


 なぜ、そのようなことを知っているのかわからない。


「さっさと貴様の使命を思い出すといい」


 シャーロットから向けられてきた殺意は一瞬で消えた。


 戦闘を交えなくてもこの場から生きたまま離脱することができる。


 それを感じたガーナは思わず息を零す。


「これは忠告だ。大切な者を失いたくなければ早々に手を引け。使命を果たせないのならば学園を去れ。それが今の貴様に出来る最善策だ」


 それで話は終わりだと言うように、シャーロットは一歩、踏み出した。


 雨に濡れて紅色の髪は、黒色を帯びてくる。


 染めていたのではないかと思うほどに髪の色は変化していく。


 シャーロットは血に濡れたような髪色を誇りに思っているからこそ、雨を嫌っているのだろう。


 ……意味が分かんないわ。


 攻撃を加えようものならば容赦のない反撃をされたことだろう。


 それなのにもかかわらず、ガーナの為に忠告をしていくなどとシャーロットは命を狙おうとしたガーナに対して親切すぎるのだ。


 彼女がなにを考えているのか、理解することができない。


 ……なんなのよ。


 化け物と呼ばれてもなにも表情を変えなかった。


 それなのに忠告をする時には僅かに優しそうな眼を向けてきたのだ。


 まるで友の安否を心配するかのような眼だった。


「使命? アンタが好きそうな言葉だわ。私は大嫌いだけど」


 心当たりのない言葉だった。


 けれども、その言葉を口にすれば言い慣れた言葉であった気さえした。


「使命なんて知ったことじゃないわ。そんな曖昧なものの為に生きるのなんてバカのすることよ!」


 なぜだろう。嫌な予感がする。


 それを知ってしまえば、なにもかもが手遅れになってしまうだろう。


「シャーロット!」


 高らかとシャーロットの名を叫ぶ。


 それに対してなにも反応もしないシャーロットの姿を見て、ガーナは魔力を込めていたナイフをポケットの中にしまう。


 攻撃をする必要はない。


 安全が確保されているのならば恐れることはない。


 恐怖心は、一瞬で消えた。代わりにあるのは、安心感だった。


 ……良かった。


 始祖の話になった途端に感じた恐怖心。


 それは、死を怯えている人と同じだ。


 油断していることがばれてしまえば、殺されてしまうのではないか。否、生かされる可能性は低く、殺されてしまう理由ならある。


「私、アンタのことを信じてみるから!」


 ……シャーロットは、やっぱし、味方でいてくれるのね。


 もっとも、その理由は思い出せない。


 しかし、始祖から命を狙われるのには、充分すぎる理由であった筈だ。


 不思議なことにそれだけは覚えていた。


「だって、アンタは私のことを見逃してくれたからね!!」


 心が揺らぐ。気持ちが簡単に変わってしまう。


 その矛盾に気付くことができなければ、ガーナはなにも乗り越えることができないだろう。


「また、会おうね! 私、シャーロットのことが嫌いじゃないみたいだから!」


 楽しげに笑みを零しながら、ガーナは置いてあった荷物を腕に掛ける。


 そして、スキップをしながら立ち去る。


 ……大丈夫、大丈夫よ。だって神様は私を見ていたのだから!


 なぜだろう。偶然とは思えない。


 ……きっと、私を救ってくれたんだわ。


 それは夢物語を語るかのような気分だった。


 身体も買い物をしていた時よりもずっと軽い。


 楽しい友人と過ごす時間と同じくらいに心身とも軽くなっている。


 さきほどのことが噓のようである。


 ……だから、きっと、良いことが起きるわ。


 けれども、背負ってきたものを降ろしたような感覚に襲われる。


 それがなにかわからない。それがいいことなのかもわからない。


 思わず良く耳にする歌を口ずさみながら歩く。


 向かう先は先ほどライラを置いて来てしまった場所だ。店と店に挟まれたただの道路。そこへと楽しげに向かうガーナの姿を見た人は誰もが目を逸らしていた。


 異常な姿だったのだろう。


 雨の中、軽い足取りで歩いているのは他人から理解されるようなことではない。


 そのようなことを気にするガーナではなかったが、今は、いつも以上に他人の目に気付いていないのだろう。


 ……また、会える。そしたら、今度はシャーロットから逃げないから。


 確信がない言葉が躍る。


 なぜ、ここまで嬉しいのかはわからない。


 戦闘になることも覚悟をしていた。


 返り討ちに遭えば死ぬ可能性も理解していた。


 それでも、また逢えるかもしれないということが嬉しくて仕方がないのだ。


 また話せるということが嬉しくて仕方がないのだ。


 ずっと望んでいたことのように思えていた。


 そんな不思議な感覚に胸を躍らせる。



「ふふっ」


 笑い声を漏らす。


 ……そうだ、ライラと彼女を会わせてみよう。きっと、仲良くなれるわ!


 頭の中で実現できるのかわからない計画を練る。




 ――それが、日常の終わりとも知らず、ガーナは浮かれていた。


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