08-3.真実は夢の中に隠されている
「シャーロットと再会をした時に短剣で刺し殺そうとしましたわ」
「ほら! やっぱし、違和感があると思った!!」
「あら? 予想外の反応をしますのね」
「そりゃそうよ。だって、変だったもの! ――それで? その後はどうしたのよ?」
「返り討ちに遭いましたわ。シャーロットに抱き着く前に邪魔をされてしまいましたのよ」
……だよねぇ。
初対面のガーナに対しても、殺してほしいと短剣を差し出してくるようなティアラが大人しく振る舞うとは思えなかった。
……なにより、シャーロットと友達になれたような人だもの。
「仕方がありませんから、お父様を殺した兄を刺そうと思いましたの」
「なんで次から次に人を刺そうと思うのよ!? って、あれ? お兄さんにお父さんを殺されちゃったの!?」
「当時は流行っていましたのよ」
「そんな流行は嫌だよ! 私、その時代に生まれなくてよかった!!」
「そういう時代でしたのよ」
ティアラはゆっくりと目を開けた。
「それでも、わたくしが罪に問われることはなかったのですわ」
咲いていた花を一つ掴む。
掴まれた途端に光の粒になって消えて行ってしまう。
「兄はわたくしを見ることもありませんでしたわ」
ティアラの目から涙が零れ落ちる。
「兄は名を改めることを望みました。自らの手で殺めたお父様の名を拒み、名乗るくらいならば平民のような形でも構わないと乞う姿は不気味なものでしたわ」
ガーナはその涙を拭おうと手を伸ばしたが、ティアラに優しく払い除けられる。その必要はないのだと言われているようで少しだけ寂しいと思ってしまったのは、ティアラに同情をしてしまっているからだろうか。
「兄はお父様に与えられた名を返上し、お父様の代わりに公爵になりました。同じく公爵になられたシャーロットとは比べようにもならないお粗末なものでしたわ」
ティアラはそこまで言い切って、上半身を起こす。
「優しいお嬢さん。ロヴィーノ・レテオに出会うことがあったのならば、わたくしが恨んでいるということを伝えてくださらないかしら?」
その笑顔は晴れ晴れしいものだった。
恨んでいると口にするものの、その恨みを晴らそうと動く気力は尽きてしまっているのだろう。開き直っているようにも見えた。
「それから、シャーロットにも伝えてほしいことがあるわ」
穏やかに笑う。
まるで死を覚悟しているかのようにも見えた。
「わたくし、シャーロットとお友達になれて幸せだった」
目を反らしてしまえば、消えてしまいそうだった。
涙はもう流れていない。
綺麗なはずの笑顔が恐ろしいと感じてしまったのは、この時が初めてだった。
「可愛らしいお嬢さんとお話をする機会をくださって嬉しかったわ。そう伝えてくださる? ふふ、泣かないでちょうだい。わたくしの為に涙を流してくださる優しいお嬢さんだから、お願いをするのよ」
ティアラの手がガーナの髪を撫ぜる。
「うん、大丈夫だよ。お姉さん。絶対に伝えてあげるから」
別れの時間が近い。それを感じる。
……私に出来るのか、分からないけど。
ガーナには特別な力はない。人並み以上のことが出来るわけではない。
それでも、願い事だけは叶えて見せたかった。
……でも、お別れがこんなに悲しいなんて思わなかった。
願いを聞けば、別れが来るとわかっている。
だからこそ、ガーナはぎこちない笑みを浮かべて見せた。
「ありがとう、大好きよ、優しいお嬢さん。わたくしと出会ってくださってありがとう」
強く抱きしめられた。
その言葉と動作に、ガーナの眼からは涙が零れ落ちる。
「うん、うん、私も、会えてよかったよ、お姉さん」
それでも、最期だと分かっているから、笑顔を浮かべ続けた。
二度と会えなくなってしまうのならば、泣いている顔を見せたくは無かった。
「さようなら」
笑顔の自分を覚えていて欲しかった。
未練を残すようなことはして欲しくなかった。
それでも、一度、零れた涙は止まらない。
「 」
ティアラの言葉が聞き取れなかった。
もう一度、問いかけようとした時だった。箱庭が大きく揺れ、抱きしめられていたはずの腕は消えてしまっていた。
必死に手を伸ばすが、届かない。
ティアラの姿はもう見えなかった。
* * *
「迷わずに帰れますように」
千切っては捨てた花のように消えてしまったガーナの為に祈る。
ティアラは箱庭のような場所に取り残されたままだった。【幻想の指輪】の外側から干渉されたことにより、ガーナは立ち去ってしまった。
「優しいお嬢さんの未来が晴れますように」
ティアラは【幻想の指輪】の中に取り残されたままだ。
気が狂うような長い年月、誰かが来るのを待っていた。唯一、ティアラをここから救い出せる可能性を秘めた人が来ることを待ち続けていた。
次の機会が回ってくるのは、何十年先だろうか。
それとも、また何百年と待ち続けなくてはいけないのだろうか。
「ティアラ」
名を呼ばれた。
ティアラは後ろを振り返る。
「……なぜ、貴方がここにいらっしゃるのですか?」
涙を乱暴に拭う。
【幻想の指輪】の中に侵入をしたロヴィーノに対し、泣き顔を見せたくはなかった。
それはかつて父親を殺された怒りによるものか、妹であったティアラを見放し、生贄に捧げた兄に対する怒りによるものだろうか。どちらにしても、殺してしまいたいほどの激しい感情を抱いていたはずだった。
「来たくて来たわけじゃねえよ」
ロヴィーノは迷うことなく、ティアラに近づいてくる。
「偶然、巻き込まれただけだ」
他人を見下すような声ではない。
他人を嘲笑うような声ではない。
「ギルティアの野郎が、ヴァーケルの娘を探しに【幻想の指輪】に侵入した。そのついでにお前も行って来いとシャーロットに魔術をかけられた。まぁ、事故に遭ったようなもんだ。彼奴らに振り回されてばかりで嫌になるぜ」
興味がなさそうな話し方だった。
それはティアラがよく知っている兄の話し方だった。
「おい、話を聞いてるのかぁ? ティアラ。擦るな。目が痛くなっちまうだろ」
涙が抑えきれない。
泣いている顔を見せたくないと必死になって拭う手を止められる。