08-2.真実は夢の中に隠されている
その仕草すらもシャーロットを連想させるのはなぜだろうか。
「わからないじゃない」
諦めてしまっているような言葉が気に入らなかった。
ガーナは立ち上がる。それからティアラの手を掴んだ。
「本人に聞いてないんでしょ?」
「なにを問いかけると言うのかしら」
「忘れているのかどうか聞くのよ。それでね、忘れていたら、今みたいに思い出を語ってやるのよ。それでも、思い出せなかったから、一発でもいいから全力で顔面を殴ってやればいいのよ!」
ガーナの言葉に対し、ティアラは瞬きをした。
それから信じられないと言わんばかりの表情を浮かべていた。
「千年もこんなところに閉じ込められていたんでしょ!? 悔しくないの!? 一言でもいいから、私に愚痴を零すみたいに言ってやればいいのよ!」
ティアラの手を離し、椅子から立ち上がる。
それから遠慮なくティアラの傍に歩いていく。
「こんなところに一人でいるなら、私と一緒に行こうよ!」
ティアラの手を掴み、強引に引っ張る。
「一緒に出る方法を探そうよ」
それは夢物語のようだった。
強引に立たされる。疲れることのない箱庭の中で立ち上がったのは、何年ぶりだっただろうか。それすらも曖昧な記憶だった。
「……お嬢さんは優しいのね」
ティアラは繋がれたままの手に視線を落とす。
「まるで、呪われる前のあの人たちのようだわ」
その目には涙が浮かんでいた。
懐かしい日々を恋しく思ったのはいつ以来だろうか。そのような感情がまだ生きていたことにティアラは驚きを隠しきれていなかった。
「ねえ、わたくしの大切な人たちの話を聞いてくださらない?」
「良いわよ。聞いてあげる。だから、思いっきり話した後は私と一緒にここから出る方法を考えてよね!」
ガーナはティアラの手を引っ張っていく。
「誰のことから話をしようかしら」
「誰のことからでもいいわよ。どうせ、私、誰も知らないもの!」
咲き誇っている花畑に視線を落とし、座り込む。地面に座ることに抵抗感を示しているティアラを強引に座らせて、大きな口を開いて笑っていた。
「シャーロットのことは知っているのでしょう?」
「知っているわよ。でも、貴女の知っているシャーロットとはきっと違うわね。私の知っている彼奴は、性格が悪くて、意地悪で、素直じゃなくて、それで本当は家族のことが大好きなのよ。まあ、それを言うと喧嘩になるから今は黙っていてあげているけどね!」
「まあ、そうなの。わたくしの知っているシャーロットとなにも変わっていないわ」
「え? 変わってないの? 千年前から性格が悪かったの?」
ガーナはありえないと言わんばかりの表情を浮かべた。
それに対し、ティアラは首をゆっくりと左右に振った。
「わたくしたちが生きていた時代は、貴女みたいな真っすぐな性格の子は生きていけなかったわ。帝国とは名ばかりの小さな国だったのよ。独立して百年もしないくらいの弱い国だったの。みんな、生き残る為に必死だったわ」
「えー! 信じられない! だって、四代皇帝の奥さんだったんでしょ?」
「皇帝陛下よ。偉大なお方ですもの。敬称を忘れてはいけないわ」
ティアラの手がガーナから離れる。
それから悪戯をする子どものよう表情を浮かべ、そのまま寝転がった。それに釣られるようにしてガーナも寝転がる。
「ようやく自治権を認められただけの小国だったのよ。貴族とは名ばかりの生活も強いられたことがあったわ。豪華な生活ができたのは公爵家か伯爵家くらいだったのよ。特に、フリークス公爵家は別格だったわ。降嫁されたシャルラハロート様がいらっしゃったから贅沢ができるのだとよく話をしていたものよ」
……貴族の大変な生活って、私の実家よりも豪華なんだろうなぁ。
想像できない話だった。
贅沢三昧な貴族の生活を耳にすることが多い環境で勉学に励んでいる影響もあるのだろう。
「わたくしたちが生まれた時には、シャルラハロート様の予言があったの」
「予言って、あれでしょ。聖書にも書いてある七人の始祖の生まれた理由!」
「まあ、知らなかったわ。聖書になるような時代になったのね。内容は伝わっているのかしら?」
「うーん? 私、今は熱心な信者じゃないから、あんまり覚えていないんだけどねぇ。帝国の危機を回避する為に選ばれた七人の始祖が活躍する話だったような気がするよ!」
ガーナの自信に溢れた顔を見たティアラは、それを肯定するかのように優しくガーナの頭を撫ぜた。
「おおよそは伝わっているようで安心をしたわ」
終始、穏やかな表情を見せるティアラに対し、ガーナは笑ってみせた。
……本当は話をしている場合じゃないんだけどね。
これがただの夢ではないことには気づいていた。
そして、脱出する方法はティアラが提案した者だけである可能性にも気づいていた。
……きっと、私の異常はライラたちが気づいてくれるから。
だからこそ、時間を稼ぐことにしたのだ。
……そして、兄さんたちに伝わるはず。
夢の中から脱出する方法が一つだけであったとしても、外から介入することができるかもしれない。ガーナはそれに賭けることにしたのだ。
「わたくしはね、ベリアル様に嫁ぐはずだったのよ」
「誰? 聞いたことないわ」
「そうでしょうね。あの方は十歳で亡くなってしまったもの」
「まだ子どもじゃない!」
「あの時代は珍しいことではなかったわ。大人になれないまま、命を落としてしまう人も多かったのよ」
「でも、貴族なんでしょ? ご飯が食べれなかったの?」
「いえ、食糧難とは無縁のところにいる貴族でしたわ」
……それなら、病気だったのかなぁ。
九百年以上も昔の帝国では、医療も発展していなかったはずだ。風邪を長引かせれば、栄養状態の良い貴族であったとしても命を落とす可能性もある。
「ベリアル様は五歳の誕生日に呪われてしまいましたの。本来ならば、その日に命を落とされるはずでしたわ。ですが、シャーロットはそれを受け入れられませんでしたの。まだ五歳の子どもが領地に引きこもり、両親の庇護を拒否し、領地経営をしていたのですわよ? 信じられない話でしょう?」
ティアラは目を閉じた。
その当時のことを思い出しているのだろうか。
「シャーロットと再会をしたのは、それから七年も過ぎた頃でしたわ。シャーロットの婚約が破談になり、皇帝陛下の婚約者にわたくしが選ばれた記念すべき年に再会をしましたの」
「嬉しくなさそうだね」
「そのようなことはありませんわ。待ちに待った友人との再会ですもの」
……違和感があるのよねぇ。
作り話ではないだろう。
ティアラが語るのは過去の出来事だ。しかし、その当時の感情を示す言葉とは思えなかった。