07-2.それは聖女の仕掛けた罠だった
* * *
反射的に叩き落とし、蹴り飛ばしていたのだろう。転がっていった箱や指輪が引き起こす効果を忘れてしまうほどに必死だったのかもしれない。
「……触るのは危険だからね。魔道具の取り扱いに優れている人を呼びに行こう」
イザトは大きなため息を零す。
鞄を掴み、肩にかける。足早に部室を立ち去ろうとしたイザトの前に立ち塞がったのはガーナだった。
「誰を呼びに行くの?」
「魔道具の取り扱いに優れている人を呼びに行くんだよ」
「だから、それが誰なのかって聞いてるのよ」
ガーナの表情は暗い。
先ほどまで意識を手放していた影響だろうか。それとも、数秒間、手にしてしまった指輪の影響を受けているのだろうか。
「……時間がないのがわからないのかな」
「そういう問題じゃないの!」
「あぁ、そう。どうでもいいよ。そこを退いて。すぐに呼びにいかないといけないんだ」
「なんで!」
「さっきから何度も言っているんだけど。どうして、わからないのかな? 危険な魔道具だからだよ。ヴァーケルさんが苛立っている様子を見る限りだと早く解呪してもらわないといけないみたいだからね」
ガーナの苛立った様子を確認したイザトの眉間に皺が寄る。
立ち塞がったままのガーナの肩を押し、強引に通ろうとするが、何度も邪魔をされる。まるで部室から出さないようにしているようにも見えた。
「……手遅れかな」
イザトは諦めたような眼をしていた。
「なにが」
「ヴァーケルさん。座っていた方が良いよ」
「なんで」
「まともに頭が動かないんでしょ」
ガーナは返事をしなかった。
それでも、その言葉に従うように傍にあった椅子に座る。しかし、視線はイザトに向けられたままになっており、部室から出ようとすれば再び立ち上がり阻止をすることだろう。
「リンが近づくだけで爆発する危険性が高くなるから、合図をするまでは大人しくしていて」
鞄をリンに押し付ける。
それからイザトは大きなため息を零した。
「ミュースティさんもそこにいてね」
杖を取り出す。
飾り気のない使い古された杖だ。現代では出回っていないような杖はイザトの為だけに用意をされたものだった。
「対処方法をご存じなのですか?」
「一時的な時間稼ぎだよ。ヴァーケルさんの召喚術を真似したものかな」
「私にも手伝えることはございませんか?」
「ヴァーケルさんを支えていてね。きっと、もうじき、意識を手放してしまうから。それから、応援に駆けつけてくれる人たちを見ても攻撃的にならないでほしいかな」
イザトは杖を振るう。
呪文は必要ない。魔力を込めて宙を掻き混ぜるように振るだけで魔力が空中に放たれ、小さな渦が出来上がる。
「これから聞くものは、秘密にしてね」
イザトは渦を杖から切り離す。
渦は床に落ち、少しずつ黒くなっていく。
「呼びに行けないなら、来てもらうしかないからね」
イザトは傍にある椅子を掴み、渦の中に投げ入れた。
それから耳を澄ます。数十秒後、なにかに椅子がぶつかったような音が渦の中から聞こえたことを確認し、イザトは周囲を見渡す。
「なにか投げつけるものが欲しいんだけど」
「……いや、備品は不味いんじゃねえの」
「問題ないよ。全責任を取らせるから」
「誰にだよ!?」
「魔道具を押し付けてきた犯人に押し付けるのに決まっているじゃないか」
イザトは手当たり次第に投げ込めるものを掴み、渦の中に入れていく。
「ミュースティさん。頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」
「私に出来るようなことならばなにでもおっしゃってください」
「ありがとう。手当たり次第に椅子をこの渦の中に投げ入れてくれる?」
「……わかりましたわ。それがガーナちゃんの為になるのでしたら、投げ入れて見せましょう」
少々、悩んだ素振りを見せたものの、ライラは覚悟を決めたようだ。
既に頭がぼんやりとしてしまっており、視点が定まっていないガーナが倒れないように左手で支えながら、傍にある椅子を右手で掴み、投げ飛ばす。
「ライラ様になにさせてんだよ!?」
「仕方がないじゃないか。ひ弱な僕だけだと手遅れになりそうなんだから」
「そういう問題じゃねえよ!? あぁっ! クソっ! 投げりゃあいいんだな!?」
「うん。最初から文句を言わずに協力をしてよね。これだからリンは優柔不断だって言われるんだよ」
イザトの言葉に煽られたのか。
リンも立ち上がり、手当たり次第に椅子を渦の中に投げ入れる。
「…………!!」
手当たり次第に椅子を投げ続けていると、渦の中から聞こえる音が増えてきた。中には人の声のようなものが混じるようになり、反射的に手を止めそうになるリンとは異なり、ライラは傍にある机を掴み、躊躇なく投げ入れていく。
「痛っ!!」
低い声だった。
イザトが作り出した渦の先にいるのは男性のようだ。
「リン。刃物を持ってきて」
「さすがに不味いだろ!? 明らかに人の声がしたぞ!」
「大丈夫だよ。危険性を感じたら、きっと、出てきてくれるはずだから」
イザトは杖を両手で握りしめる。
魔力の消費が激しいのだろう。額には汗が滲み出る。
「イザト君。それは魔法で作り出した武器でも大丈夫でしょうか?」
「問題ないよ」
「それでしたら、私にお任せください」
ライラは杖を取り出し、構える。
既に机に額を押し付けるようにして伏せてしまっているガーナを守るような真剣な眼差しをしていた。
二回、大きく深呼吸をする。
それから目をしっかりと開ける。
「精霊様。どうか、私の願いを叶えてくださいませ」
ライラの周囲には精霊たちが集まる。
その姿を初めて見たのだろう。リンは何度も瞬きをしていた。
「【武器生成】」
杖からは水を纏った短剣、斧、棍棒などが飛び出す。どれもライラが手に取って扱えるような大きさものばかりだった。
それらは実体化しているものの、手に取るのには心許ないものだった。