07-1.それは聖女の仕掛けた罠だった
* * *
「……うぐっ」
身体を揺らされて目を覚ます。
「ガーナちゃん! ガーナちゃん!! しっかりしてくださいませ!!」
眼を開けていることに気付いていないのだろうか。ガーナの肩を掴み、必死に、起こそうとしているライラは、力を弱める事無く揺らし続ける。
「ガーナちゃん!!」
見た目に似合わぬ怪力である彼女の力は、ガーナの肩を握り潰しそうな勢いで込められていた。
「ガーナちゃん!! 起きて下さいませ!」
「うぐっ」
「目を開けてくださいませ!!」
……起きてるってば!!
夢を見ていたのだ。
先ほどまで見ていた光景は、夢だった。
……寝起きだからかな。うまく、声が出ない。
一か月前のあの日以降、聖女に関係する記憶を夢に見るようになってから、度々、意識を手放すようになっていた。それを説明することも出来ず、時間が過ぎていった。
……心配かけたくないのに。
隠し事は無しにしよう。
交わした約束を守ることは出来なかった。
……巻き込みたくないのに。
誰よりも大切な親友であると自信を持っているからこそ、これ以上は巻き込めない。誰かを不幸にする可能性が消えていない現実を思い出せば、ガーナは、恨まれるのを覚悟で黙ることにした。
もっとも、そんな考えはライラにも見破られてしまっているだろう。
気付きながらも、指摘せずに傍に居てくれるライラに心から感謝をしていた。
「いたああああああああいっ!! ちょっと、ライラ! 私の肩! 粉砕するわよぉっ! 起きたから起きましたからぁっ! 痛いのっ! 痛いのっ!!」
「起きましたのね! 急に倒れられるから、心配しましたのよ!」
「心配かけてごめんね! でもね、ライラさんよ。そーんな凄い勢いで抱きしめられたらぁ、私、死んじゃうわ! 別の意味で倒れちゃうってばぁっ!」
怪力の持ち主であることを自覚していないライラの眼には、涙が浮かんでいた。それに気づいて、少しだけ離れたライラの頭を撫ぜる。
柔らかい髪質に触れる。
ほんのり香る柑橘系の香水は、お揃いの香水だった。
「だって、私、心配いたしましたのよ……!」
「うん。ごめんねぇ、ライラ」
「もし、目が覚めなかったらって……」
ライラの必死の訴えに対し、ガーナは頷いた。
「うん、うん、ごめんねぇ。私は大丈夫よ。最近、よく眠くなっちゃうだけだからね」
「でも、魘されていましたわ!」
「え? 魘されていたの? ……怖い夢じゃなかったんだけどねぇ」
ガーナは困ったように笑った。
魘されている自覚はなかったのだろう。
「私は大丈夫よ」
その言葉に安心感を抱けないのだろう。
ライラは不安そうな表情を浮かべていた。
「ところで、リカはいないの?」
部室を見渡す。
少し離れた椅子に座りながらも暗い表情を浮かべているリンと、興味ないのか本を読んでいるイザトはいたものの、リカがいない。
「まさか、あの子、迷子になったんじゃないでしょうねえ」
部室に向かう際中、教室に忘れ物を取りに行ったまま、まだ戻っていないのだろうか。
「リカちゃんなら今日は用事があるそうですわよ」
「そうなの?」
「はい。先ほど、ローズマリー教授から伝えられましたのよ」
「そうだったのねぇ。ユーリちゃんも帰っちゃったの?」
「ええ。緊急のお仕事があるのだとおっしゃられていましたわ」
ライラは椅子に座り直す。
それから鞄の隣に置いてあった箱を手に取った。
「ローズマリー教授から預かりましたの」
「えー、なんだろ? 開けてみていい?」
「大丈夫だと思いますわよ。ガーナちゃんに渡してほしいと言っておりましたもの。随分と古いもののようですが、心当たりはございませんか?」
「うーん。ないのよねぇ」
……古そうなのよね。
箱を振ってみるが音はしない。
片手に乗る小さな箱を購入した覚えもなければ、教授に預けているものもない。
「ダメだ!!」
ガーナは首を傾げながら箱を開けたのと同時だった。
本を読んでいたはずのイザトの声が部室に響く。
「え?」
箱は開けられてしまった。
中には古びた銀色の指輪が入っているだけだった。
「今すぐ閉じて!」
「ええ? なんでよ? 普通の指輪よ?」
「良いから!!」
「え、嫌よ。まだちゃんと見てないんだから!」
イザトの様子がいつもとは違った。
立ち上がり、強引にガーナの手から箱を叩き落とす。
「ああ!! ちょっと! 預かりものよ!?」
床に転がった箱から指輪が転がり落ちる。
慌てて拾おうとするガーナに対し、イザトは箱を蹴り飛ばした。
「あんなものをどこで手に入れたの?」
「知らないわよ。ユーリちゃんから受け取ったってライラに言われたの! もう! なにしてるのよ。イザトらしくない。あっ、ちょっと! 指輪も蹴ったでしょ!? 探さなきゃいけないじゃない!」
銀色の指輪が消えていた。
ガーナは反射的に頭を抱える。それを呆然とした表情で見ていたライラは何度も瞬きをしていた。
「あの、もしかして、呪われた品だったのでしょうか……?」
「そうだよ。あんなものを手にしていて、なんともなかったの?」
「ええ、なんともございませんわ。……もしかして、ガーナちゃんが意識を手放してしまったのはあれが原因でしょうか?」
「それはどうだろうね。僕にはわからないよ」
イザトは興味がなくなったかのように距離をとった。
それから先ほどまでいた場所に戻っていく。
「呪われているの? あれ」
ようやく理解をしたのだろう。
「どっか行っちゃったんだけど。これって、部室が呪われちゃったんじゃないの?」
ガーナの言葉を聞き、イザトは動きが止まった。