06-1.七百年前、愛した人はもういない
* * *
「僕の想いです。どうか受け取っていただけませんか?」
九十九本の赤薔薇の花束を差し出し、跪く少年がいた。
赤薔薇の花言葉を知っているのだろう。
差し出された女性、シャーロットは、バカにするように笑った。
「好きな人と居る未来を選んだのは、僕です。それを邪魔すると言うのならば、例え、神様であっても許しませんよ」
この当時の貴族は、親同士が決めた婚約者と結婚することが習わしであった。その常識の中で生きてきたはずの少年がするべき行動ではない。
それを知っているからこそ、シャーロットは笑う。
心の底から、馬鹿な真似をすると嘲笑っていた。
「僕は、誰かに決められた幸せを望みません。僕の幸せは、僕が決めます。シャーロット、僕は、貴女の笑顔が見たいのです」
始祖として帝国の為に生きているシャーロットは、既に人間として生まれた身体を保ったまま、三百年近くの月日が経っている。肉体の最盛期を保ったまま、異常なまでに膨れ上がっている魔力を維持している姿は化け物のようであった。
罪を背負わないただの人間である貴族の少年と、罪を背負い、それを受け入れ人間を捨てた女性。
どちらも帝国の為に生きるのは変わりない。
本来ならば出会うことはなかった。
結ばれることは許されない二人だった。
「僕は、貴女に永遠の愛を誓います」
九十九本の赤薔薇の花言葉は、永遠の愛を誓う。
その言葉を聞いてシャーロットは、笑みを崩した。
「愛しい貴女の為だけにこの身を捧げることをお許しください」
人形のような無表情へと変わり、跪く少年を見下ろす。
人目の無い場所とはいえ、その言葉はシャーロットへ向けて良い言葉では無かった。
「ジューリア公爵は子に愚かな教育を施したようだ」
当時は、帝国を守る為だけにその身を捧げた七名を神格化し、敬うように教育をすることが義務付けられていた。
三大公爵家は貴族の手本となるべき立場にある。
少年の貫こうとしている愛は許されないものだった。
「化け物に愛を捧げるのは愚かなことだ。それすらもわからないのならば、その頭の中には塵が詰められているのだろう」
始祖の姿を見ることが出来るのは、限られた人間と戦時中だけ。
その姿を見るだけでも有難いと崇拝する。
そんな時代、少年は、シャーロットに愛を誓った。
「私は、愛を必要としない。種の繁栄を目的とした行為も結婚も、私には必要が無い。それを求めるのは一族を裏切る行為だと理解をしているのか?」
帝国の繁栄の為だけに、人間としての命を捧げた。
それは、人並みの幸せを求めないという誓いでもあった。
望まない永久の月日を生きることを選び、その身を、帝国に降りかかる災いを払う為だけに燃やし続ける。
「その花束は受け取らない。私には不要なものだからな」
手に入れた力は、シャーロットの誇りだった。
シャーロットの選択した道は、正しかったのだろか。
「正しさを愛せよ、少年。帝国の為に生きよ。私と出会ったことは忘れ、己の幸せの為に生きるべきだ」
それは、彼女を含めた誰にもわからない。
わからないからこそ、シャーロットは距離をとる方法を選んだのだろう。
「罪深きこの身には、愛は重すぎる」
誰かを愛してしまえば、失うことを恐れるようになるだろう。
それは、人間だけでは無く、意思を持つ全ての生き物に刻まれた本能だ。
「貴女の言い分もわかっているつもりです」
「わかっているのならば、その花束は同年代の子どもに向けるべきだ」
「それでも、僕が愛しているのはシャーロットだけなのです」
「その愛は一時的な気の迷いにすぎない」
「僕の想いは気の迷いなんてものではありません。僕はシャーロットを一目見た時から心を奪われたのです。貴女を愛する為だけに生まれてきたのです」
少年は引かなかった。
花束をシャーロットに強引に押し付けて笑う。
「愛しています。シャーロット」
その言葉はシャーロットの心に響かない。
帝国の為だと大義名分を抱き、何度、その身を血で染め上げただろうか。
魂に刻まれ、手放すことすら許されない罪の意識を抱きながらも、終わらぬ戦いに身を投じる。
「簡単に愛を語れるのは子どもの証拠だ」
そこまでして、手に入れたいと願うものがあった。
その為ならば何もかも犠牲にしてきた。
「他人を愛せば弱みが生まれることになる。愛故に憎悪が生まれ、その身を蝕む。愛を語った輩がその身を散らす姿は嫌になるほどに見てきた」
始祖となる前の友人たちは、皆、旅立っていった。
人間であることを捨てたシャーロットの残された道は一つだけだった。
「それならば、私は愛を忘れたまま生きる道を選ぶ」
帝国を生かし続ける為だけに、その身を血で染め上げることだけだ。
それ以外の道を消したのは、シャーロットだった。
「死を共に迎えられないのならば空しいだけだろう」
己の罪とも呼ぶべき、欲求を解消するべく手を伸ばした。
本当に望んだものは、人間を捨ててまで手に入れることであったのか。
「人には人らしい死に様がある。私は救国の英雄としてその道を放棄した」
誰かに渡された答えでは、納得できない。
捨てたもの以上の価値がある答えでなければ、満たされることは無いだろう。
「始祖は人には戻れないのだ」
それを気付いているからこそ、シャーロットは笑うのだ。
目の前に居る少年には、同じ罪を犯して欲しくは無かった。
「愛おしい人の子よ。その血を未来に繋げ」
恐らく、間違えた道を選んだのだと自覚をしている。
それでも、この当時の帝国を守っていく為には、これ以外の道は無かった。
「そうすれば、私は始祖として守り続けることができる」
いつの時代も最善であり続けるとは限らない。
いずれ、最善の道であった選択は、最悪の道であるとされるだろう。
そうと知っていても、止まることは許されない。
もう元には戻れない。後戻りも後悔をすることも許されない。
何もかも気付いた時には、遅すぎたのだ。
「理解したのならば、他の者にせよ」
「嫌です。僕は愛する貴女に誓いを捧げたいのです」
「では、その誓いは、聞き届けぬだけよ」
「どうしてですか、僕のなにがいけないのですか!」
「感情的になるものではないよ」
シャーロットは、花束を受け取ることを拒絶した。
他人からの好意を拒絶しているわけでは無い。
「それは化け物に捧げるものではないだろう?」
ただ、それを受け取る資格がないのだと、シャーロットは諦めていた。
「私以外の人と共に歩む未来を見ろ」
始祖になると決めた日、人間としての幸せは全て捨てたつもりだった。
帝国の為にと受け入れた最善の道は、いつまで最善であり続けるのだろうか。




