04-2.記憶のない転生者は矛盾に苦しむ
「始祖に関わらせたくはねえって言ったのに」
そのようなことを口にしたことはなかった。
「二人を巻き込まないでくれって、言ったのに」
それはリンの記憶を探っても見つからない記憶だ。
「お前は一度だって俺の願いを聞き届けたことはなかった」
明らかに様子がおかしいことにレインは気づいていたものの、声を出すことができなかった。
「サニィと関わったことなんかねえのに。それなのに、シャーロットが仇を討ってくれたんだとわかっちまった」
フリークス公爵を務めていた叔父が不可解な死を遂げたと耳にした時、心の底から安心をしたのだ。
まるでその死を望んでいたかのような錯覚を抱いた。
「あの子は死んでなんかいねえって、安心しちまった」
それと同時に亡くなった従姉のサニィのことを思い出した。
幼い頃から患っていた病の急激な悪化により亡くなったはずのサニィの死が報われたかのように感じていた。
「意味がわかんねえのに、全部、お前が関わってんだって知ってんだよ」
現実を受け止められないというかのようにレインはリンから視線を外した。
それだけでは耐えられなかったのだろう。
シャーロットの左腕を震える手で掴んだ。子ども返りをしているかのような行動をとるレインを叱責する者はおらず、腕を掴まれたシャーロットは慰めるかのような視線を向けた。
「だから、もう、帰ってくれよ!」
鞄を握りしめるリンの表情は暗い。
……俺は、普通で良い。普通でいたいんだよ。
友人たちと笑い合う日常。貴族らしくないとからかわれる日々。
時々、身分相応の対応が恋しくなってしまう。
学園に来る前までは知らなかった平和な日々だった。
……それを簡単にシャーロットは壊していく。
帝国の為になにかをする気にはなれない。
リンには革命を引き起こす力はない。生命維持をする程度の魔力しかなく、魔力を吸収する体質も戦時中には壁役にもならない程度のものだ。
「お前がいるとおかしくなっちまいそうだ」
リンが求めているのは、平和な日々が続くことだった。
「ガーナたちもお前が来てからおかしくなった。たった一か月で何もかも変えちまった」
それを崩していくのは、シャーロットだった。
彼女の存在が、何もかも壊していく。
「俺はもうそんなのは見たくねえんだよ」
シャーロットと目が合った。
耐えられないと言わんばかりに縋りついているレインに対して向けていた優しい視線とは明らかに異なるものだった。
しかし、殺意はなく、拒絶されることを望んでいたかのようにも見える。
「見たくないのならば見なければいい」
「見て見ぬふりをしろって言うのかよ!」
「それも一つの手段だろう。それが出来ないのならば、距離を置けばいい。巻き込まれないように自らを守るのも大切な方法の一つだ」
シャーロットの言葉に対し、リンは眉を潜めた。
「私は軍人としてこの場を離れるわけにはいかない。関わりたくないのならば、お前が離れる以外の方法はない。それだけの話だろう」
拒絶をされることはわかっているのだろう。
それなのにもかかわらず、シャーロットはリンの髪に右手を伸ばした。
宝物を扱うように優しく触れる手は生きているとは思えないほどに冷たい手をしていた。
「触るんじゃねーよっ!」
リンはシャーロットの手を払い除ける。
威嚇をするように声を張り上げ、表情を歪める。
「そうやって手を伸ばせば、誰だって受け入れるとでも思ってんのかよ!?」
そうする以外の方法を知らなかった。
いつか、変化を受け入れた友人たちは、現実を拒もうとするだろう。
そんな友人たちを守りたいと思えた。守ろうと心に誓った。
「化け物なんかに触られたくねえんだよ!!」
反射的に叫んでいた。
その数秒後、シャーロットに縋りついていたレインが動き、リンの頬を殴った。
「今すぐ謝れ!!」
シャーロットが止める間もなく、レインはリンの胸倉を掴む。
言葉遣いを気にしている余裕もなかった。頭に血が上るのはフリークス公爵家の人間として相応しい行為ではないと口煩く言われていることも、すっかり、抜け落ちてしまっているのだろう。
「この人がどんな気持ちでいたか知らないくせに!」
レインにとってシャーロットは双子の片割れであり、前世の母親でもある。
前世の記憶を取り戻したことにより、言動は前世に引きずられることが多くなっており、以前よりも冷静な対応ができるようになっていたはずだった。
「お前だけは言ってはいけなかったのに!!」
レインの両目から涙が零れ落ちる。
再び、振り下ろされた右手がリンの頬を殴る。
「どうして、そんなことを、言うんですか」
何度、殴られてもリンは抵抗をしなかった。抗おうとすればできるはずなのにもかかわらず、文句の一つも言わずに殴られているリンを見て、レインは我慢できなかったのだろう。
「レイン」
「……俺を咎めますか、シャーロット」
「わかっているのならばその手を離せ」
「わかりたくなどないと言ったらどうするつもりですか?」
「なにもしない。子どもの喧嘩を見守る暇もないからな。先に戻るだけだ」
「そうですか。貴女にはその程度にしか見えないのですね」
手を下ろす。
抵抗しない相手を一方的に殴るのは許されるような行為ではなかった。
「勘違いしないでください。俺はシャーロットに謝るまで許しませんから」
胸倉を掴んでいた手を離す。
「なんで庇うんだよ」
「そのようなことすらもわからない人に話しても無駄でしょう?」
「無駄なんかじゃねえよ。言ってくれたら俺だって――」
「嘘は好きではありません。話を聞けば受け入れられるのならば、拒絶なんてするような人ではないでしょう? 自分に正直な性格をしていることはよく知っています。性格を歪めてまで謝るようなことはできないでしょう」
立場を気にすることなく、大泣きをすることができるのならば、レインの気持ちはリンに伝わるかもしれない。頭に過った言葉を否定するかのような表情のまま、レインは言い切った。
「シャーロットが望まないのならば、それでいいんです」
……なんでだよ。
その顔を見ると胸が締め付けられる。
取り返しのつかないことを口にしてしまったのだと自覚する。
「ちげえだろ」
リンはレインの頬を掴む。
「お前はお前だろ。シャーロットや俺の為に生きるのは止めろ」
その言葉を聞くと、レインの頬を涙が伝った。




