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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第4話 裏切り聖女は革命を望まない

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04-1.記憶のない転生者は矛盾に苦しむ

* * *



 ガーナたちが部室に向かっている中、リンは寮に向かって走っていた。


 リンを引き留めようとするガーナたちの言葉に耳を傾ける余裕もなく、無我夢中で走っていく。その姿は一か月前のガーナの姿とよく似ていた。


「シャーロット! レイン!」


 他愛のない話をしながら並んで歩くシャーロットとレインの姿に胸の奥が痛くなる。二人の間には十年間の空白など存在しなかったかのようにも、それ以上の長い付き合いがあるかのようにも見える。


 リンの知らないところでなにかが大きく変わってしまった。


 根拠はなかった。しかし、リンは無意識に感じ取ってしまっていたのだろう。


「待てよ!!」


 リンはシャーロットの腕を掴んだ。


 早々と寮に向かっていたシャーロットは引き留められるとは思っていなかったのだろう。驚いたような表情を浮かべていた。


 シャーロットの隣を歩いていたレインの目は零れ落ちそうなほどに見開かれ、まるでなにかを期待しているかのような表情に変わった。


「話があるんだ」


 二人の変化にリンは気づかなかった。


 心臓の音が大きく聞こえてくる。走ったことにより乱れた呼吸と髪を整える。


 準備をする時間を与えるかのように黙っているシャーロットの表情は元に戻る。なにを企んでいるのかわからない無表情のまま、掴まれている自身の腕に視線を落としていた。


「ガーナに入れ知恵するのは止めてくれよ」


 その言葉を聞き、シャーロットの視線がリンの顔に向けられた。


 一瞬、寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。


「彼奴が知らなくても良いことだっただろ」


 リンがシャーロットの変化に気付くことはなかった。


「だから、余計なことをしてんじゃねえよ」


「彼女が求めたことに応えただけだ」


「彼奴は知りたがりなだけなんだよ。バカみてえに強い正義感で変なところに首を突っ込む癖があるんだ。シャーロットは知らなかったのかもしれねえけど、そういう奴だから、国の情勢とか教科書以上の知識を与えるのは止めてくれ」


 リンの切実な言葉に対し、レインはため息を零していた。


「理解ができないな」


 掴まれたままの手を振り払う。


「過保護はなにも生まない。お前のしようとしていることはガーナ・ヴァーケルの可能性を摘み取る行為でしかない」


 シャーロットの言葉に心当たりがあるのだろう。


 リンは自身の拳を握りしめていた。


「言われなくても、わかってんだよ」


 数年の付き合いしかないリンにはガーナの行動を制限する権利はない。友人としてガーナの進もうとしている道を阻害するのは望ましい行為ではないだろう。


「でも、放っておくのは違うだろ」


 それでも、なにもせずに見守ることはできなかった。


 身分の違い等に臆することなく、リンを友人だと言ってくれたのはガーナが初めてだった。公爵家の生まれであるリンに関する噂を耳にした時に同情が籠った視線を向けなかったのはガーナだけだった。


 誰もが同情をしてきた噂を耳にしても、誰もが縋りつこうとしてきた身分を知っても、ガーナは態度を変えなかった。


 たったそれだけのことだと言われてしまえば、それまでの話だ。


 寂れた田舎出身の平民の何気ない行動が珍しいだけなのだと非難する声に耳を塞いできた。それは自分自身の心を守る為の現実逃避だったのだろう。


「貴族主義にガーナを巻き込むのは止めてくれ」


「巻き込まれることを望んでいるのは彼女だ」


「そうだとしても、止めてくれよ」


「これは友人として口を出すことではない。ガーナ・ヴァーケルの道を塞ぐことは友人としてするような行為ではない。それすらもわからないのか?」


「わかってる。わかってるさ。でも、止めてくれよ。見たくねえんだよ」


「それはネイディアの我儘でしかない」


「そんなこともわかってんだよ!」


 言い争いにもならない。


 これは一方的な主張の押し付けでしかない。


「でも、ガーナを巻き込まないでくれ」


 一定の距離を保ち続けるように努めてきた。


 身分の差を弁えていなければ、いつの日か、本当に忘れてしまいそうで恐ろしかったのだろう。無意識に距離をとるようにしていたリンの気持ちを察することもなく、ガーナは無作法に心の壁を叩き壊そうとして入り込んでくる。


 それに恐怖感を抱いたこともある。


 同時に友情という甘い誘惑に抗うことは出来なかった。少しずつ、心を許していることを自覚しながらも穏やかな日々を愛おしく思うようになっていた。


「たった一か月だ。その間に彼奴はおかしくなっちまった」


 自慢の友人たちだと公言しているガーナの真意は知らない。


 なにも考えていないかのような言動をしているものの、心の中では別のことを考えているのだと察していた。ガーナは自覚がないようだったが、根が素直な彼女は目が泳ぐ癖があった。


「急にレインのことを庇うようになったし、イザトに対して妙な態度をとるようになった。ライラ様と喧嘩なんてしたことがなかった彼奴が言い争っている姿なんて初めて見た」


 それに気づきながらも指摘しなかったのは今の関係を維持していく為だった。


「ナカガワに突っかかることもなかったのに、お前に会ってから急に変わったんだ」


 真実に近づこうとする勇気を抱けなかった。

 なに故かは分からない。真実を知ってしまえば、何もかも崩れる気がした。


「さっさと帰ってくれよ」


 視線を伏せる。


 シャーロットと共に時間を過ごすことを望んでいた日々もあった。友人たちと過ごす日々の中、幼い頃を共にした二人が一緒にいてくれたのならばどれほどに幸せなことだろうかと考えたことだって一度ではない。


「もう、関わりたくねえんだよ」


 十年前から抱いていた日々が目の前にある。

 それは穏やかな日々ではない。


「お前がいると俺はおかしくなっちまう」


 だからこそ、リンは恐ろしかった。


「レインが【結界】の外に投げ出された時に、恐怖を感じた。懐かしいと思った。レインをお前の都合に巻き込むのはもう止めてくれって、怒鳴りそうになった。おかしいだろ。お前たちがなにをしていたのか、知らねえのに。俺は公爵邸の庭の中にレインがいることだって知らなかったのに!」


 当主健在にもかかわらず執り行われた宴を思い出す。


 一週間前に行われたお祝いの席を抜け出したレインたちを探しに向かったのはリンの意思だった。その意思すらも疑ってしまう。


「【結界】を展開することができるのはシャーロットだけだ。今となっては、あんな大規模な魔術を使えるのは、お前くらいだ。だから、お前がレインを巻き込んだってわかった時には気が狂いそうだった」


 シャーロットが展開していた魔術の正体を知らない。


 しかし、それは【結界】と酷似している魔術なのだと気づいてしまっていた。


 どこで耳にしたのかもわからない知識に翻弄される。

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