03-2.日常に戻ろうと足掻くのは意味がないのだと思い知る
「始祖は帝国の要となる保守派と手を結ぶことが多い」
シャーロットは語る。
始祖たちは新たな文明の受け入れには難を示してきた。
古から続く魔術文明の衰退を危機的状況であると判断してきた。
「もっとも、帝国に不穏な影を落とすことがなければ派閥争いに加わることはない。私たちは帝国の栄光が続くのならば、どのような政治が行われようとも興味はないのだからな」
「なにそれ、嘘くさいわね。シャーロットなら自分の意見を押し通しそうなのに」
「そう見えるか?」
「そういう風にしか見えないわよ」
「なるほど。目は腐り落ちていないようだ」
シャーロットの言葉に対し、ガーナは眉間に皺を寄せる。
「失礼ね! 私の綺麗な青色の目が見えないわけ!?」
恐らく、シャーロットが言いたいこととは違う意味で捉えたのだろう。
ガーナにとって母親譲りの青色の目は誇りだった。色合いは異なっているが、イクシードと兄妹であると信じることができる唯一の色だった。
それを貶されたと思ったのだろう。
腕をライラの肩に回すのを止め、掴みかかろうとする。
「ガーナちゃん!」
それを止めたのはライラだった。
「お止めになってくださいませ。不用意な争いごとは避けるべきですわ」
その言葉を聞き、ガーナは思い留まる。
それから続きを催促するようにシャーロットを見つめた。
「賢明な判断だ。……話を戻そうか。保守派は不可解な死が引き起こされていることに対し、恐怖心を抱いている。改革を望む輩の仕業ではないかと言い出す者も少なくはなく、戦闘能力を保持している始祖は保守派の憂いを取り除く作業を引き受けいれることになった」
シャーロットはなにを考えているのだろうか。
「その多くは、暴動を引き起こそうと企んでいる反乱分子の討伐だ」
「ちょっと待って。反乱分子って? 討伐って? 内戦が起きそうとか、そういう不穏な話題は聞いたことがないんだけど!?」
「それはそうだろう。内戦に繋がる可能性を秘めた反乱分子は全て地に還されているのだから、平民の耳に入るようなことはない」
「は? ……それって、まさか、殺しているってこと?」
「聞き返さなくともわかるだろう」
「わかんないわよ!」
「なぜ、怒る? 反乱分子を生かせば帝国の危機を招くだけだ。そうなる前に取り除くのは始祖の役割だろう」
シャーロットは笑顔で言い切った。
これには、誰もが目を見開いた。冗談だとしても笑えない話である。
……冗談ではないよねぇ。
現実問題として、革新派による暴動は多発している。
当然、鎮圧するのは帝国軍の仕事である。だが、その方法は公表されていない。
「始祖は帝国を守る為に存在をしている」
軍人とはいえ人間だ。
自らの強い意思で軍部入りを決めたとしても、同じ人間を、同じ帝国に住む人間を殺めて笑っていられないだろう。
「帝国の為ならばどのようなこともしなければならない。それが始祖に選ばれた者の役目だ」
だからこそ、シャーロットは始祖として先陣を切る。
「帝国の未来を担う子どもたちが知らなくても良いことだ。裏方の汚れ仕事は私たちに任せておけばいい。だから、そのような顔をしてくれるな」
シャーロットは沈黙を貫いていたレインの頭を撫ぜる。
「子どもは子どもらしく過ごすのが立派な仕事だ。帝国の未来を憂いてくれるのは有り難いが、お前たちが気にするようなことではない」
それは異様な光景だった。
当然のようにレインを子ども扱いするシャーロットの姿に違和感を抱けない。
「ガーナ。お前も同じだ」
「……なによ? 私も子ども扱いをしようって言うの?」
「よくわかっているではないか」
「冗談じゃないわ。私はシャーロットと対等な友人関係を築いているつもりよ」
ガーナは毎日のように夢を見ている。
聖女と呼ばれた女性の夢だ。その夢の内容は、一度見れば忘れることが出来ない。
ガーナの存在を飲み込むように、影響を与える。
それは、いつの間にか出来ていたシャーロットへの絶対的な信頼。という形で表れていたのだが、ガーナは気付いていなかった。
「友人か」
シャーロットは愉快そうに口元を歪めた。
「それは幸せなことだな」
立ち上がる。
取り残されていた鞄を肩にかける。その視線はイザトの後ろに隠れているリカに向けられていたことにガーナは気づかなかった。
「あっ」
思わず、引き留めようと手を伸ばした。
シャーロットはガーナに目を向けることもなく、歩き出した。それを横目で見ていたレインも荷物を掴み、歩いていってしまう。
相手を引き留めることも出来ない。
行き場のなくなった手を下ろし、拳を握りしめる。
* * *
リカはガーナたちのやり取りを眺めていることしかできなかった。
「行っちゃった。本当に自由だよねぇ」
「ええ、レイン君も行ってしまいましたね。ガーナちゃん、私たちも行きましょう?」
「そうだねぇ」
……あの目に、気付いていないのかな。
反射的にイザトに縋りついてしまう。
それに対して拒絶をすることもなければ、慈しむような反応を示すこともない。無関心を装うイザトの横顔を見る。
イザトの視線はガーナに向けられていることを知っていた。
それを自覚する度に胸が締め付けられる。
……ごめんね、ガーナちゃん。
ガーナとライラは荷物を片付けている。
これから部活動に向かうのだろう。
……ガーナちゃんは、わたしに、気づいてくれたのに。
イザトから手を離す。
それすらも彼は気づかないだろう。
……わたしは、なにも、できない。
机の上に置いたままの荷物を両腕で抱える。
……ごめんね。
歩き始めたガーナたちの後ろをついていく。
その間、鞄の中に入れてある【幻想の指輪】に魔力を込め続ける。微弱な魔力がリカの身体が漏れ出していることに気付く者はいない。
友人として傍にいても普段から物静かなリカの変化に気付くことはない。
それはリカが招いたことだった。
鞄を抱き締める手が震える。それは友人を裏切る恐怖からだろうか、それとも、自分自身に対する嫌悪感からだろうか。
……ガーナちゃん。わたしの為に、死んでね。
誰もリカを救うことはないだろう。
唯一、リカに手を指し伸ばしてくれる相手を呪うことでしか、彼女は生き残る術を知らなかった。




