03-1.日常に戻ろうと足掻くのは意味がないのだと思い知る
* * *
「そういえばさぁー、シャーロットは部活決まったのかい?」
新学期が始まり、早くも一か月が経過していた。
五月になり、部活動に精を出す同級生が多い中、ガーナはふと思い出したように口にした。
「シャーロットなら運動部から誘いが来ると思ったんだけどねぇ。意外と誘われないもんだね」
暖かさが増す日差しを浴びながら本を読んでいるシャーロットの視線がガーナに向けられる。先日、行われた席替えにより窓際になったシャーロットの席はガーナたちの溜まり場になっていた。
……不思議だよね。
まるでシャーロットが学園に馴染んでいるようにも感じる。
……それが演技だってわかっているのに。
それはただの錯覚であることはガーナも理解をしていた。夢の中で見たシャーロットの姿と重ね合わし、年相応にも見える仕草をする彼女に対して強い違和感を抱く。それを表情に出さないようにガーナは笑みを繕った。
「入部届が今週末までだって知らなそうね! 今日が締め切りなのよ!」
「そうか」
「興味なさそうだねぇ」
ガーナは手にしていた入部届を本の上に乗せる。
強制的に視界に入り込んだ入部届に対し、シャーロットは興味がなさそうな目を向けていた。
……興味なさそうだけど。でも、きっと、これはシャーロットにとって初めての経験になるから。
戦いの中で散ることが運命だと笑っていた夢を思い出す。
なにもすることが出来ないまま、いつだって見ていることしか出来ない日々は苦痛だっただろう。
楽しかった思い出を忘れ、現実から逃げようと罪を犯してしまうほどに苦難な日々だったことだろう。
……たまには息抜きをするべきなのよ。
シャーロットは学生生活を過ごす為に来たわけではない。
仕事の合間に授業を受ける日々だ。
それすらも、内戦を引き起こそうとする気配があれば中断させられる。
……友達と過ごす時間って大事なんだから。
それを共有できるのは、限られた時間の中だけだとしても嬉しかった。
一時的なものであったとしても幸せを感じられるのならば、それは良いことなのだろう。
「必要性がない。半年程度しか滞在はしないからな」
「そう言ってたねえ。ねえ、お仕事しながらだと忙しいの?」
「当然だろう。世間が騒がしい限りは仕事をしなければならない」
「うはぁーっ! だよね! 今、大変みたいだものね! でもね、忙しいって素敵よね! 私、大好きよ! もっと仕事の話を聞かせて!」
ガーナの言葉に、シャーロットは顔を上げる。
……兄さんは教えてくれないのよね。
穏やかな日々は遠ざかってしまっている。
各地で起きている始祖に関わる人々の不可解な死は続いているが、いまだに有力な目撃情報はない。
……なにか起きているのは間違いないのに。
命知らずな記者が書いた新聞には始祖が関わっているのではないかと憶測が並んでいた。翌日、記者が謎の死を遂げたことは誰もが知っていることだろう。
「ガーナちゃん。興味本位で聞くようなことではありませんよ」
「わかっているわよ。でもね、国の情勢を知るのには、シャーロットに聞くのが一番手っ取り早いと思わない?」
「ええ、情報を知るのには適任でしょうね。ですが、ガーナちゃんは聞かない方が良いかもしれませんわ」
ライラの表情は硬い。
それは実情を知ってしまっているからの表情なのだろう。
「えー? ライラは知っているの?」
ガーナはそれに気づかなかった。
「そういうのは教えてよね! 私だって気になっているんだから!」
隣にいるライラの肩に腕を回す。
馴れ馴れしいと批判の的になるような行為をしても、誰も指摘をしなかった。ガーナたちの様子を窺っているだけの同級生たちの視線は冷めたものだったが、否定的な声は聞こえてこない。
……変なの。
それに対して強い違和感を抱く。
批判を浴びたいわけではない。しかし、平民と異国の王族が馴れ馴れしくしていることを受け入れるような貴族の子息子女たちではないはずだ。
……なにかあるのかな。
シャーロットが圧をかけているのだろうか。
不意に浮かんだ可能性を確かめる為にシャーロットに視線を戻す。本を閉まったシャーロットの視線は窓の外に向けられていた。
「あ!」
シャーロットは、ガーナが用意をした入部届を折り曲げ、窓の外へと投げ飛ばした。紙は風に流されて地面へと落ちていった。
「せっかくユーリちゃんに貰ってきたのに!」
「……ユーリ?」
「そうよ。私が立ち上げた魔法創作部の顧問をしてくれている優しい教授のユーリ・ローズマリーちゃん! ユーリちゃんなら優しいからシャーロットとも仲良くしてくれると思ったのに。外に捨てるなんて酷い!!」
ガーナは抗議の声をあげる。
「それは悪いことをしたな」
「思ってもいないことを口にしないでよ!」
「声を張り上げなくとも聞こえている」
ガーナの抗議の声を聞き、思うことがあったのだろう。
窓の外を見ていたシャーロットの視線はガーナに向けられる。
「仕事の話を聞きたいと言っていたな」
意図的に話題が変えようとしているのだろうか。
「良いだろう。貴様らには知る権利がある」
シャーロットは杖を取り出す。
そして、机の上に置いてあった本を杖の先端で三度突くと光の粒子となり消えていった。それはガーナたちの知っている杖の使い方ではなかった。
「帝国にはいくつかの派閥がある。皇帝中心の政治を維持するべきと主張する最大勢力の保守派、新たな文明を取り入れるべきと主張する革新派、それらの対立を阻止することだけを目的として中立派の三勢力は有名だろう」
「そのくらいのことは知っているわよぉ」
「それならば、帝国の始祖が手を結んでいる派閥は知っているか?」
「え? ……そりゃあ、あれでしょ。中立派じゃないの?」
ガーナの目が泳いだ。
反射的にこの手の話題に詳しそうなリンやレインに助けを求めようと視線を向けたのだが、反らされた。
……誰か助けなさいよ!
一般的には知られていない話題なのか、それとも、触れてはいけない話題なのか。どちらにしてもガーナは聞いたこともない話だった。
「不正解だ」
シャーロットは期待外れと言わんばかりの表情を浮かべる。
呆れたような眼を向けられても、ガーナは反論しなかった。




