02-2.夢の中の二人はいつも笑っていた
「ねえ、一緒に休憩しましょう。とびっきり美味しい紅茶を入れるわ!」
マリーは提案をする。
「冗談であろう。貴様の淹れた紅茶など不味くて飲めんわ」
シャーロットは笑いながら答えた。
提案を拒絶はしない。
休憩が必要なのはシャーロットもわかっていた。
「むっ! 酷いっ、シャーロット! お兄様に教えて貰ったんだからね! 絶対、美味しいって言わせて見せるんだから!」
「やって見ろ。貴様の親愛なるお兄様と違って甘やかさないぞ」
「ふふっ。そう来なきゃねっ!」
マリーは立ち上がって不敵に笑う。
まだ幼さを残したその笑みを見て、シャーロットは重い腰を上げた。
「では、久方ぶりに菓子でも焼くとするか」
「やったぁっ! 私、シャーロットの作るお菓子、大好きっ! ねえ、ねえ! どうせなら、お茶会にしましょ? お兄様たちも疲れているでしょうし。大勢で食べた方がシャーロットのお菓子も喜ぶわ!」
マリーはその場で飛び上がり、並んで歩く。
自由に使える台所がある場所までは、十分ほどかかる。余裕があるようにと、念を入れて設計されたライドローズ城領域内にある帝国軍部専用の場所だ。
「誰を誘うつもりだ?」
「ふふっ、お兄様とロヴィーノ様は、声を掛ければ来てくれそうよね。クラウス様はどうかしら。うーん、自主練習中なら、難しいかしら?」
「ならば、後に差し入れすれば良いだろう」
「それもそうね! ……あっ、ねぇ、シャーロット」
「なんだ」
広い廊下を歩きながら、二人は話を続ける。
その最中、マリーは寂しそうな顔を見せた。同じ時を生きる始祖とはいえ、全員の仲が良いわけではない。基本的には、威圧的ではあるが、外面は良いシャーロットが何よりも嫌いだと公言する仲間もいる。
仲良くしていきたいマリーにとっては、これは長年、悩まされている事である。
とはいえ、この日は任務で外に出ているので考える必要はない。
「ジャネット様は、出て来てくれるかしら」
「あの男の元には届けておく」
シャーロットは迷わず答えた。
甘党のジャネットは茶会に参加したかったとぼやくことだろう。
「……そう、ありがとう」
「どうした。醜い顔が更に醜いものになっておるぞ?」
「ちょっとっ!? その表現は嫌よ!」
「ならば、その顔を直せば良かろう」
向けられたシャーロットの視線に苦笑する。
「仕方ないでしょ。ジャネット様、最近、見かけていないんだから。……それに、勘違いだと思っているけどね。避けられているみたいで嫌なのよ」
零したため息に気付かないふりをされた。
帝国に在中している始祖たちを纏める隊長格にいる人物。滅多に姿を現さない事から、その存在すら疑われている人は確かに存在をしている。
「ジャネット様は私のことが嫌いみたいだもの」
始祖の中で、誰よりも強力な力と重い罪を背負ったその人が姿を見せる時は、帝国の危機が訪れた時に限る。そうではなければ、いけない理由があった。
「私はジャネット様に対してなにも思っていないのに」
「安心しろ。あの男は貴様の邪な感情などには興味ないだろう」
「だから、私は、なにも思っていないのよ!!」
マリーは頬を膨らませた。
それからジャネットの執務室がある方向に視線を向ける。
「ジャネット様はジャネット様だもの。あの方じゃないわ」
「それを知るのは私たちだけだ」
「わかっているわよ。それでも、私はジャネット様にも外に出てほしいの」
「仕方がないだろう。あの男の容姿を、見られるわけにはいかない」
「うん、それも、わかっているわよ。私たちの秘密だもの。でもね、仲間内くらいなら良いじゃないの。それに、シャーロットは、自由に行き来する事が許されているじゃない」
子どものような表情を浮かべて、文句を言う。
長い月日をかけて隠してきた始祖が背負う秘密。
それは、知られてしまえば、帝国全土が混乱に陥るだろう。今まで信じてきた歴史が狂わされてしまうのは目に見えていた。
「私は公爵として会っているだけだ」
「それも、知ってるわ。それが許されるなら、私だって――」
「マリー。誰かが聞き耳を立てているかもしれないことを忘れるな」
シャーロットは忠告をした。
「――帝国民を疑うの?」
それに対し、マリーは信じられないと言わんばかりの顔をした。
始祖は帝国民を守る為に存在しているのだ。
「いいや。レイチェル家の復興を願う信者を炙り出す気力がないだけだ」
「嘘つき。該当者のほとんどを戦場に送りつけたのはシャーロットじゃない」
「まだ生き残りがいるかもしれないだろう?」
「いないわよ。少なくともあの方を知っている人は名乗り上げないわ」
現政権を握っているテンガイユリ家への不信感を呼ぶだろう。
もしかしたら、テンガイユリ家断絶を唱える者が現れるかもしれない。
それを避ける為に、ジャネットは姿を隠し続けなくてはいけなかった。
「ジャネット様の罪が暴かれた時にはどうするつもりなの?」
「どうもしないさ」
「嘘ばっかりね。真っ先に武器に手をかけるでしょ」
「嘘ではないよ。証言者がいなくなれば真実など簡単に変わるものだからな」
「……シャーロットらしい言い分ね」
マリーは呆れたようにため息を零した。
始祖は不老不死の存在ではない。その存在には多くの秘密が隠されている。
「この生活もいつまで続くのかしら」
「予言者にでも聞いてみてはどうだ」
「身近にいる予言者は誰よりも信用できないわ」
「それもそうだな。直接、言ってやるといいだろう」
「嫌よ。お兄様の顔色を伺う生活に戻りたくはないもの」
その言葉を聞き、シャーロットは笑い声を漏らした。
* * *
……変な夢。
目覚まし時計の音で目が覚めた。ガーナは目覚まし時計を止め、伸びをする。
「いつもと違うのよねぇ」
枕元に置いてある紙とペンを手に取る。
聖女マリー・ヤヌットに関する夢を見た時には、夢の内容を書き出すようにしていた。授業中の居眠りに見た夢はメモすることができなかったものの、書き出してみると話が繋がってくるような気がしたのかもしれない。
……あの人は誰だったんだろう。
聖女の記憶とは違う夢だった。
上手く思い出すことが出来ない夢のことも書いていく。
……リカみたいだったんだけどなぁ。
似ていると思ってしまった。
思わず名を呼んだ時の女性の表情は思い出せなかった。




