09-4.物語の裏側には悪役が潜んでいる
「魔道具一つに振り回されるような帝国ではないのにもかかわらず、なぜ、私たちは【物語の台本】の判断を仰ぎ、それを都合の良いように解釈をし続けたのか。それを考えることもなく生きてきたのならば、悲しいことだと思わないか?」
シャーロットはそう言いながら、懺悔の塔に眠る三つの墓に捧げるように人工の花束を作り出し、それぞれの墓の前に一束ずつ置いていく。
「【物語の台本】はシャルラハロートの魂だ」
千年前、神聖ライドローズ帝国の滅亡を予言したシャルラハロート・ローズマリー・フリークスは七人の英雄に力を与えた。
帝国を危機から救う為に異質な力を与えられた英雄たちは、始祖と名を変え、現代もその力を保っている。
それらは悲劇の始まりであった。
「そして、シャルラハロートは懺悔の塔に眠っている」
その事実はシャーロットだけが知っていた。
千年前、予言者のシャルラハロートの命を奪い、この地に埋葬したのはシャーロットだ。
始祖は帝国を守る為に両親を殺さなければならなかった。
親殺しの罪を背負うことにより、予言を成立させる。無理難題をこなさなければ、帝国の存続は危うかった。
だからこそ、シャーロットたちは自らの親の命を奪わなければならなかった。
シャルラハロートの予言の力の源は、帝国中に広がっている【物語の台本】に秘められている。
繰り返される歴史の中、始祖たちが独自に得た力は【物語の台本】の強制力を強め、百年前、マリー・ヤヌットの暴走により改悪をされる以前は【物語の台本】そのものに自我が宿るようになっていた。
「千年間、絶えずに帝国の危機を知らせているのは、母上だ。その予言は【物語の台本】よりも確実なものだろう」
墓の場所はシャーロットしか知らなかった。
千年もの間、シャーロットは墓の場所を隠し続けていた。
「私は母上以上の予言者を知らないのでな」
それは呪詛の一部として組み込まれたことにより、帝国の為に利用され続けているシャルラハロートを守る為の行為だったのだろう。
「だが、母上としての自我は何百年も昔に崩壊している。ここにいるのは【物語の台本】としてのシャルラハロートだ」
千年前、シャルラハロートは七人の子どもを選んだ。
帝国の危機を救う英雄になると予言された子どもの一人がシャーロットだった。その当時の思い出は膨大な歴史に埋もれ、両親の顔すらもまともに思い出せない。
「生前よりも残酷な予言を告げるのは、母上の意思ではないのだ」
帝国の為ならば我が子を呪う母親だった。
帝国の為ならば命を捧げる父親だった。
それでも、彼らは自身の子を愛していた。
「彼らのことを知っているのも私だけだ。私以外の人間が立ち入ることができないように拒絶をした。悪用されるだけなのは目に見えていたからな」
シャーロットは両親に愛されていたことを覚えている。
それを思い出したのだろう。
シャーロットはシャルラハロートの名が刻まれた墓が埋もれてしまうほどの花を咲かせた。様々な花の形をした魔力の塊は墓に降り注ぎ、地面に着くと泡のように消えてしまう。
「なぜ、それを知らせなかった」
「言っただろう。知らせれば悪用されるからだ」
「帝国の為ならば有効利用するべきだ」
「そう言われるとわかっていたからこそ隠してきたのだ」
「予言者も帝国の為に使われることを望むとは思わないのか」
クラウスの言い分を理解することはできる。
帝国の為には、中途半端な自我を持った【物語の台本】よりも確実な予言を告げることができるシャルラハロートを利用するべきだろう。生贄を捧げることにより精度の高い予言を手に入れられるのならば、利用しない手はない。
「知ったことじゃない」
シャーロットは墓に触れる。
「母上の魂の欠片を帝国の為に渡しただろう。それを利用してミカエラは【物語の台本】を作り出した。それ以上の貢献はしないと告げたはずだ」
千年前に亡くなった両親が応えることはない。それを知っていながらも、シャーロットは縋りつくかのように墓守りを続けてきた。
「無断で足を踏み入れようものならば、その命を奪う仕組みになっている。魔術に疎いクラウスでは生きてはいられないことだろう。これは忠告だ」
この場に立ち入ることができるのはシャーロットだけであり、他人が無断で足を踏み入れようとすれば緊急用の魔方陣が発動し、その命を吸い取ってしまうようになっている。
「眠りを妨げるようなことを考えてくれるなよ、クラウス」
シャーロットが招かなければ立ち入りができない場所にすることにより、シャーロットは塔に眠る三人の墓を守っていた。
「用事は終わっただろう。早々に出て行ってくれ」
シャーロットの言葉には納得していないだろう。
クラウスは眉を潜めたが、踵を返し、その場を立ち去って行った。
……ようやく静かになった。
三つの墓の内、真ん中にある墓に触れる。
ベリアル・ジョン・フリークスと彫られた字に触れる。その手つきは優しいものだった。
「……ベリアル」
その墓に眠っているのはシャーロットの弟だった。
墓の下には遺体はない。骨も残っていない。
空っぽな墓の中身は、ベリアルが愛用していた服や玩具、写真などで埋め尽くされている。
他人から見れば玩具が収められただけの墓に見えるだろう。
それでも、シャーロットには守るべき存在である。
千年前、シャーロットが始祖になる前の時代、呪いに身体を蝕まれて命を落としてしまった双子の片割れが眠る墓の字を何度も撫ぜる。
フリークス公爵家の呪われた双子の逸話の元になったベリアルと過ごした日々は、今も、シャーロットの中で生き続けている。
「父上」
ベリアルの名が刻まれた墓から手を離す。
それから左隣にある墓に声をかける。
「母上」
右隣にある墓に声をかける。
返事が来ないことはわかっている。それでも、名を呼ぶことを止められない。