08-4.世界は優しくはない
アンジュは笑っていた。
予想通りの動きをするライラの行動がおかしくてしかたがなかった。
「感情のままに行動をするのはお子様の証拠ですわよ、アクアライン王国の第二王女殿下。貴女は帝国の始祖に暴力を振るったのです。それは帝国を敵に回すという意味だと理解をしていなかったのですか?」
「なにを――」
「お返事はいりませんわ。ただ、それは帝国民のものですから、返していただきますわよ」
目にも止まらぬ速さでガーナの両腕を奪い返した。
「安心してくださいね、ガーナ・ヴァーケル。アタシは医者ですのよ」
そして、それをガーナの傍に置く。
千切られた両腕に魔力が絡みつく。紫色の光を放つ魔力は鎖の形となり、両腕が本来あった場所に戻っていく。
「動かしてみてください。なにもかも元通りになっているでしょう?」
ガーナは言われた通りに指を動かしてみると、千切られたことが嘘のように自然な動きだった。感覚もある。
それは異様な光景だった。
医者の領域を超えていた。
「ライラ、見て、私の両手が動くの!!」
ガーナは反射的に腕をあげてみせた。
切り取られたことが嘘のように動く。
「え、ええ。痛みはありませんの?」
ライラはふらふらとした足取りでガーナの元に近づく。今度は誰にも邪魔をされず、ライラはガーナの前まで辿り着くことができた。
「ないのよ! 不気味なくらいに元通りなの!! ――ライラ!?」
ガーナの言葉に安心をしたのだろうか。
ライラは膝から崩れ落ちる。ガーナはライラを抱き締めるが、その手にはアンジュによって傷つけられた箇所の血がついていた。
「ライラ、傷が――」
「問題ありませんわ」
ライラは首を横に振りながら否定した。
「問題しかないからね!? なにを言ってんのよ! いっ、今すぐ、病院に!」
「大丈夫ですわ。自分自身に治癒魔法をかけておりますから。この程度の傷なら、明日には綺麗に治っていることでしょう」
「そんなわけないじゃないの!! ライラ! 酷い状態なのよ!?」
二人が抱き合っていても邪魔が入らない。
それはアンジュによる攻撃が終わったことを意味していた。
「シャーロット! お願い! ライラを助けて!!」
ガーナの叫びを止めないのは、ライラの状態が悪い証拠だった。
先ほどまで立っていたのはガーナを助け出したい一心だったのだろう。目的が果たせてしまえば気力が尽き、まともに動くことも出来ない。
この状況で助けを求めるのはおかしいことは自覚をしていた。
* * *
「彼女、頭がおかしいのではありませんの? 自分たちを攻撃させた張本人に助けを乞う人間なんて初めて目にしましたわよ」
アンジュは呆れたような声をあげた。
その視線はシャーロットに向けられていた。
……こればかりは同意見だな。
助けを求められるとは思っていなかった。
ガーナの思い付きによる言動は、今まで経験をしたことのないものばかりだったが、今回のような事態は想定していなかった。
……少々、弄りすぎたか?
ガーナは始祖を疑うことができない。
不可解なことが起きても帝国の未来の為なのだと、シャーロットたちに都合の良いように解釈させる呪詛がガーナの心を縛り付けている限り、ガーナの行動は限られてくる。
……いや、生まれ持った性格か。
しかし、アクアライン王国の民であるライラを庇うのは想定外だった。
ライラを助けてほしいと乞われるのも想定外だった。
「助けてやるのかよォ?」
「悩んでいるところだ」
シャーロットはイクシードからの問いかけに即答をする。
助けることはできるものの、それをする必要性を理解できなかった。
「珍しいじゃねえか。ははっ、良かったなァ? 真っ先にシャーロットを選んだのは正解だぜ? 俺に助けを求めてくると思っていたんだがなァ、残念だなァ」
「白々しい。二時間前の光景を思えば、助けを求めないだろう」
「はは、それはそれだろォ?」
イクシードの言葉に対し、シャーロットは呆れたような視線を向けただけだった。それから結論が出たのだろう。
「いいだろう。助けてやろう」
シャーロットはガーナたちの元に向かう。それは善意によるものではない。
「貴様らは大罪を犯した。始祖を目の前にしておきながらも、忌々しい転生者を名乗るなどあっていけないことだ」
ライラの首元に指をあてる。
二人には抵抗をすることが許されなかった。
「それに私は治癒魔法は使えない。これからするのは魔術による治療だ」
それはシャーロットが無意識に放っている威圧感によるものなのだろう。
「国家機密を暴くような行為は許されない。だからこそ、始祖は罰を与えた」
口外することが許されないからこその国家機密なのだ。
それは、始祖に関わる真実や転生に関する秘密、国家の存続に関わる血統による争いを防ぐ為でもある。
それなのにもかかわらず、二人はそれを口にしてしまった。
「先ほどの攻撃は国家機密の漏洩に対する罰だ。しかし、異国の王女はそれに抗った。抗うことにより罪を上乗せした。それは、帝国に対する敵対行為である」
言い返そうとするライラに対し、シャーロットは笑った。
「言い逃れは許さぬ。故に、この場で制裁を加える」
後悔するのは、遅すぎた。
国家機密を守るのは、始祖の役目の一つだ。万が一にも、他国にその秘密が流通してしまった際に狂いが生じる【物語の台本】を正しき方向へと導く為だけに許されてきた仕事だ。
それは暴かれてはならない帝国の裏の顔でもあった。
七人の始祖は政治や軍事に関与する権限が与えられている。
それを取り上げようとする者は例外なく命を奪われて闇に葬られてきた。千年間、与えられた権限を振りかざす始祖たちの絶対的な力が揺るぐことはなく、その力を超えることができる者もいなかった。