08-1.世界は優しくはない
「……解決したんじゃないの?」
ガーナは不安に思っていた。
嫌な予感がした。この場から早く立ち去るべきだと本能が囁く。
「始祖による同士討ちが始まっていないだけでも奇跡のようなものですよ。よりにもよって始祖の前で転生の話をする等、頭がおかしいのではないですか? この場で存在そのものをなかったことにされても文句は言えませんよ」
「ええ!? 嘘でしょ? そんなに大ごとになるの?」
「当たり前でしょう。帝国の民ならばそのくらいの常識を理解されているべきでしたね」
レインの言葉に対し、ガーナは不服そうな表情を浮かべた。
……知らないわよ、そんなこと!
転生を繰り返しているのは始祖だけだと思っていたのだ。
「レイン君、話し合いで解決できると思いますか?」
「この状況でその選択肢があるとは思いませんよ、第二王女殿下。貴女はご自身を守ることだけを優先させるべきでしょう。貴女にとっての頼みの綱であった男は真っ先にその首を狙ってくることでしょうから」
「……イクシード様ならばそうなさるでしょうね」
ライラは悟ったような表情を浮かべた。
それからこの状況を打開する為、立ち上がる。
「ちょっと、二人とも! 兄さんの悪口はダメよ!!」
しかし、ガーナはどのような状況に立たされてもガーナであった。
幼い頃から刷り込まれた兄優先の思考は危機的な状況に陥っていても変わらないのだろう。
「この状況でもあの男を信じているのですか? 噂に聞いていたよりも楽観的なようですが、その頭の中身は飾り物のようですね。それでよくも始祖と渡り合えると思えたものです。感心してしまいますよ」
レインは呆れたようにため息を零した。
それから視線をガーナではなく、シャーロットに戻す。
* * *
「バカだバカだと思ってはいたが、これほどまでにバカだとは思わなかった」
シャーロットは呆れた声をあげる。
ゆっくりと身体の向きを変える。アンジュに向けられていた大鎌の刃は天に向けられ、長い柄を肩にかける。
レインと視線が絡み合う。それを知っていたかのように口角をあげた。
……レインは優しい子だ。
これから起きることを理解しているのだろう。
……だが、我が子ならば、母の願い通りに振る舞ってみせろ。
本来ならば、前世の記憶を取り戻した者には今の人格は残らない。
膨大な知識量や記憶に殺されてしまう。
レインの場合、彼の性格が前世と全く同じだったから、そうならなかっただけである。
「理解をしているからこそ質が悪い。自殺願望があるのならば、無駄な期待をさせるな。消えてしまいたいのならば、一人で勝手に消えてしまえ」
シャーロットは呆れたような物言いをする。
それはガーナに向けられた言葉だった。
「自らの選んだ道を悔やむなよ」
シャーロットはレインに声をかけた。
……愚かでかわいい子だ。
それを理解しているからこそ、シャーロットはレインに問いかけるのだ。
双子の片割れとして傍にいる道を選択するのか。それとも、前世のように母子として生きる道を選択するのか。
どちらにしても過酷な道であることは変わらない。
「私たちも暇ではない。成り損ないを相手に遊ぶ趣味もない」
柄の先端で地面を数回突く。
空の青は赤くなり、木々を揺らしていた風の音は遮られる。この場所だけを切り取ってしまったかのような現象に驚いているのはガーナだけだった。
……まだ驚くのか。
ガーナは二度も経験をしている。
……魔術耐性が低いのか、それとも、呪詛の弊害か。
シャーロットが展開した魔術はフリアグネット魔法学園の敷地を覆っている大規模な【結界】と似たものである。
元々はフリークス公爵家だけに引き継がれていた魔術の一つであり、シャーロットは呪文を唱えることもせずに展開することができる。
その事実をガーナ以外の誰もが知っている。
それはライラが強制的に引き出された前世の記憶に引きずられている証拠であり、レインがシャーロットの意図を理解している証拠でもあった。
「アンジュ」
先ほどまでその命を刈り取ろうとしていたとは思えない優しい声だった。
名を呼ばれたアンジュは呆れたような視線をシャーロットに向け、ゆったりとした足取りで前に出る。これから引き起こされるすべての出来事は彼女たちの中では確認をする必要もないことだ。
「子どもの命を弄ぶのはお前が適任だろう」
「あら、冗談でしょう? アタシは医者ですわよ。命を救うのが仕事であり、奪うのは貴女の仕事でしょう?」
「医者の真似事を続けていたのか? それは知らなかった」
シャーロットは意外そうに言葉を口にした。
「あら、嫌だわ。興味がなかっただけでしょう。貴女は興味のないことは何でも忘れてしまうのですから、本当に困ったものですわよ」
アンジュの言葉に対し、シャーロットは笑っていた。
穏やかなやり取りにも聞こえるのは気のせいだろうか。
「子どもを殺すのがお好きなのはギルティアでしょう? シャーロットの大切な従者を上手く使ってみては?」
アンジュはそれに対して、淡々と言葉を付け加える。
「肉片だけが残っても仕方がないだろう」
「それはそうですわね。最近は戦争もありませんでしたから、さぞ、ストレスが溜まっていることでしょうから。貴女よりも残忍な方法で命を奪うことでしょうね」
「まったくだ。こればかりは貴様の意見に同意をするしかあるまい」
「それでしたら、やはり、適任者はアタシでしょうか」
アンジュは覚悟を決めたかのように振る舞う。
それは茶番だった。
「最初からそう言っているだろう」
アンジュの言葉に眉を潜めたのはガーナだった。
聞き捨てならない言葉が聞こえたと言いたげな表情を浮かべ、すぐにでも反論をしようと身を乗り出したところ、ライラに腕を掴まれて制止させられる。




