07-5.秘密の共有は許されない
「私はね、マリー様の生まれ変わりかもしれないんだって。信じられない話でしょ?」
魂に刻まれているのだろう聖女の記憶が、すべっての答えを導き出したはずだった。しかし、アンジュの言葉が真実ならば、ガーナが見ている夢は他人の記憶だ。
「もしかしたら、マリー様の記憶を持っているだけでの別人かもしれないし、忘れてしまっているだけかもしれない。でも、夢で見るのよ。マリー様の記憶を見るのよ。まるで、私ではいけないっていうかのように眠るたびに夢を見るの」
零れ落ちる涙を拭う。
巻き込むくらいならば、黙っておこうと思っていたが、まだ十五歳の少女には、重すぎる現実だった。もしも、理解者がいたとしても、それを抱えて生きることは苦痛でしかないだろう。
「帝国の為に生きるなんて私にはできないわ。だって、私には膨大な魔力を制御できるだけの才能はあっても、魔法を使いこなす才能はないんだもの」
ガーナは理解者を求めていた。
自分自身を正す為には救いの手を求めてしまった。
「宝の持ち腐れよ。わかっているのよ。でも、それじゃあいけないんだって急に言われてもできるわけがないじゃない」
ガーナは自分自身に才能がないとわかっていた。
魔力は膨大にある。しかし、それを上手く使いこなせない。
まるで魔力を貯蔵しておく為だけの装置のような気分だった。
「怖がられるのが怖かったの。私じゃなくてマリー様を求められるのも怖かったの。私を否定されるのがなによりも怖いのよ」
ガーナは本音を零した。
情けない自分自身を否定するように拳を握りしめる。
「私、なにも力がないのよ。なにも、覚えていなかったのよ。その癖、動かなきゃって思っちゃったのよぉ。バカみたいでしょぉ? 私なんか、誰も、お呼びじゃないってのにねぇ……。それでも、なんとかしなくちゃって、バカみたいな正義感で動いてしまうのよ」
いつか、殺されてしまうかもしれない。
今回は、運が良く助かっただけの話なのだ。
「最低だってことはわかってるわ。きっと、誰も、私には興味ないもの」
それを思い、ガーナは、引きつった笑みを浮かべた。
無理にでも笑っていないと狂ってしまいそうだった。
「私、生まれて来なければ良かった」
聖女であることを望まれながらも、役目を否定した裏切り者の転生者。
半端に記憶を引き継ぎ始めたが故に、生まれてしまった聖女としての正義感により傷ついたのは、ガーナ自身の大切な人たちだった。
「そうしたら、誰も傷つけなかったのに」
ガーナは泣きそうだった。
大切な人を守る為に、大切な人を傷つける。それに疑問を抱けなかった。
気付いた時には、ライラを傷つけていた。
巻き込みたくないのならばその腕を振り払い、二度と近づかないようにしなくてはいけないのだと頭では理解をしていても行動に移す勇気も覚悟もなかった。
なにもかも半端だった。
だからこそ、親友を巻き込んでしまった。
「……ガーナちゃん」
無理に笑うガーナを抱きしめていた。
声が震えている。
それでも、ライラはガーナを守るように抱きしめる。
「私は、ガーナちゃんに会えたことを誇りに思いますわ。ガーナちゃんと親友となれたことは何事にも代えがたいものですわ」
「でも、私は――」
「ガーナちゃん。ガーナちゃんはガーナちゃんですわ。私のたった一人の親友なのでしょう? それならば、どうして怖いと思うことができるのでしょう。私の大好きなガーナちゃんは貴女だけなのですよ。それを否定なさるようなことはおやめくださいませ」
ライラの言葉はガーナの心に届いたのだろうか。
得体のしれない恐怖と戦うことを選ぶしかなかったガーナを守ることは褒められた行動ではない。
アクアライン王国の第二王女としては同盟国の始祖の魂を有している可能性のあるガーナを見逃すわけにはいかない。
「私はガーナちゃんと出会えたことを心の底から感謝をしているのです」
ライラもそのことを理解していた。
傍にいるだけのレインも理解をしているだろう。
それでも、彼らは涙を流すガーナを否定することはできなかった。
……ライラ。
心地よい暖かさが、ガーナの心を包む。
……有難う。でもね、私は、生きていちゃいけないんだよ。
ガーナは自信を失っていた。
生きていてはいけないのだと誰かがガーナに囁くのだ。
「……どうして、ライラは優しいのよ」
本音を打ち明けることができないのは生まれ育った環境によるものか、それとも、自分自身を守る為の防衛本能によるものなのか。
「私、大好きな親友に迷惑をかけたくないのに」
「迷惑をかけられことは一度もありませんよ」
「嘘よ。兄さんがライラに酷いことをしたわ。あれは私のせいなんでしょ?」
ガーナは断言した。
それに対し、ライラは首を横に振るう。
「いいえ、違いますよ。あれは私の不用意な発言が引き起こしてしまったことなのです」
「……ライラもそんな失敗するのね。知らなかったわ」
「ええ、恥ずかしいから内緒にしておりましたのよ」
「そっか、そうなんだねぇ」
抱き締めあっていた二人は離れる。
しかし、少しだけ恥ずかしそうに笑ってみせたガーナにもう迷いはなかった。
「よくもそのような恥ずかしいことができますね」
「なによぉ、レイン君。私たちの間に入れないからって嫉妬しないでよねぇ」
「誰がそのようことをすると? ……少しは頭が冷えましたか、ヴァーケルさん。ライラ第二王女殿下。落ち着いたのならば立ち上がることをお勧めします」
傍観していただけのレインはゆっくりと立ち上がった。
彼の視線を追うようにガーナもシャーロットたちに視線を向ける。相変わらず何を考えているかわからない表情を浮かべているシャーロットとは対照的に感情的な表情を露にしているアンジュと目が合い、思わず、頬をひきつらせた。