07-2.秘密の共有は許されない
「子どもの教育上に悪いことはするんじゃねえぞォ」
「なに、それに動じるような可愛い子ではあるまい」
「テメェの息子はなァ」
素早くガーナを回収したイクシードは呆れたような視線を向けている。
それなら、ガーナの意思を伺うこともなくレインとライラが立っているところへと放り投げた。
「護衛に回れと言っただろう」
「あァ、言われたなァ」
「それならば下がっていろ」
シャーロットは不快そうな声をあげた。
……なぜ、従わない?
イクシードがシャーロットに対して、馴れ馴れしい態度を示すのは出会った時から変わらない。しかし、シャーロットにとってイクシードは人であった時と同じく絶対的な自分の味方であり、従者の役目を担っている存在だ。
命令に従わないと考えたこともなかった。
「いやァ、さすがに始祖同士の決闘を見過ごすわけにはいかねえだろ。ただでさえ、欠けてるってのに同士討ちを見逃したなんて時には俺が怒られるんだよ」
「言い訳が多い」
「そう言ってくれんなよ。シャーロット。俺も複雑な立場なんだからよォ」
イクシードの発言に対し、シャーロットは不快そうに眉を潜めた。
……わざとらしい。
立場を気にするような相手ではない。
なにより説教をされることを恐れているところなど、今まで、一度も見たことがなかった。
……ガーナに対する思い入れもないだろう。
兄に対して妄信的な感情を寄せているガーナは都合よく聞き取っていることだろう。
ライラにした行為も忘れたかのように慕うガーナの姿を想像することができる。しかし、イクシードの目的がそれだけとは思えなかった。
「貴様は私の従者だろうが」
シャーロットは忌々しそうに吐き捨てた。
「ジャネットに買収でもされたか?」
「そんなわけねえだろうがァ。俺は昔と変わらずシャーロットだけの味方だァ。でもなァ、これ以上、人数が減るのはシャーロットの計画の為にもよくねえだろ」
「ふん。その言い訳を信じてやろう。だが、裏切るようなら、私は貴様を捨てるからな」
シャーロットの機嫌は悪い。
忌々しい扱いだと言わんばかりの態度を示されても、イクシードは怒らなかった。それどころか、そのようなことが起きるはずがないと思っているようだ。
「ちょ、ちょっと、待ってください。おかしいでしょう? アタシはジャネット様の指示を受けてこの場にいるのですよ!? それなのに貴方たちはなにも知らされていないとでも言うのですか!?」
アンジュは動揺をしていた。
咄嗟に繕った言い訳が通用しないことも忘れてしまっているのだろうか。
「ジャネットは私が鼠を好んでいないことを知っているだろう。公爵邸には許可した者以外は立ち入ることは許していない。貴様はそれも知らないのか」
遠慮なく刃を向ける。
不用意な発言をすれば、鎌は振るわれることだろう。
「ジャネット様に対して敬称をつけないとはなんて罰当たりなことを!! アタシは帝国の始祖の一人です!! アタシを否定することはジャネット様の方針を否定することと同じですわ!!」
アンジュはシャーロットの性格を熟知している。
しかし、敬愛する人の名を軽々しく口にされるのは許せなかったのだろう。
イクシードが仲裁役として立ち会っているとはいえ、彼はシャーロットが望むのならば、アンジュの命を奪う事態になっても黙認をするだろう。
「笑わせてくれるなよ。薄汚い鼠が。誰に偉そうな口を聞いている」
シャーロットはアンジュを嫌っている。
同じ始祖として協力はするものの、露骨なまでに見下したままだ。
「なぜ、この私がジャネットに敬意を払わなくてはならない?」
シャーロットは公爵家の出身だ。
それは今も昔も変わらない。
本来ならば、王位継承権はシャーロットにも与えられていたはずだった。それはジャネットと同等の立場であったことを意味する。
「ミカエラがテンガイユリ家を指名しなければ帝国の君主として君臨していたのは誰だったのか、もう忘れてしまったのか? あぁ、失礼、鼠相手には難しい話だったか」
「おい、シャーロット。部外者の前だってことを忘れんじゃねェぞ」
「知ったことではないな」
「シャーロット!」
イクシードはシャーロットを叱るように名を叫んだ。
それに対し、シャーロットは大げさなため息を零した。
「そう何度も言われなくともわかっている。鼠を始末できず、心の底から残念に思うよ」
シャーロットは鎖鎌の刃を地面に向ける。
武器を片付けないのはアンジュに対する警戒心によるものだろう。相手が仕掛けてくるのならば嬉々として返り討ちにするつもりのようだ。
* * *
目の前で繰り広げられているやり取りにはついていけなかった。
帝国を守護する七人の始祖の内、三人が目の前にいる。
それもくだらないことを言い争っている。
いまだに鎖鎌の柄を持っているシャーロットは、アンジュに対する嫌悪感を隠す素振りも見せず、隙あらば、その首を刈り取ろうとすることだろう。
当事者であるはずのガーナは置いてきぼりだった。
座り込んでしまっているガーナを心配するような素振りも見えない。
シャーロットの発言を聞く限りでは、不法侵入が気に入らなかっただけのようにも思えてしまう。そのついでに命を救われたようなものである。
「……少しは私の心配もしてよねぇ」
圧倒的な実力の差を見せつけられた気分だ。
思わずため息をついてしまう。
逃げる途中で擦りむいた傷が痛む。傷口からは血が流れており、骨が折れていないのは奇跡としか言いようがなかった。
「生き残れたのは誇りに思うべきですよ。学生が始祖と敵対して生き残れるとは運が良かったですね」
レインは同情するような声色でガーナに声をかけた。
シャーロットが連れてきたのだろう。




