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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第3話 罪深き始祖たちは帝国を愛している

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07-1.秘密の共有は許されない

「うふふっ、そーなると良いわねぇ」


 ガーナが危機的な状況にあることには変わりはない。


 それなのにも関わらず、余裕そうに微笑む。


 怪訝そうな顔をするアンジュではあったが、立ち上がる力すらないガーナの目の前まで来た。それから、薄汚れて、所々、血を出しているガーナを見下ろす。


 ……ここまでかな。


 アンジュと視線が重なる。


 純粋な殺意だけが宿った黒眼には迷いはない。

 

 ……兄さんが気づいてくれたらいいのだけど。

 

 強がるような発言をしながらも、バカではない。


 イクシードに向けて放った救命信号の役割を果たす【花火】は何発も打ちあがる。それはガーナの魔力とは関係がない。ガーナが生きている限りはイクシードが助けに来るまでの間、それは打ちあがる仕組みになっている。


 ……兄さんとライラに嫌われた世界なら、私は死んだ方が幸せよ。


 このままならば命を落とすことだろう。ガーナもそのことを理解していた。


 それでも、最後の希望を信じてナイフを握りしめる。ここにいるのだと主張するように打ち上げられる【花火】は異常な光景に見えた。


 ……でも、せめて。死ぬまで信じさせて。


「さようなら、ガーナ・ヴァーケル」


 数十本、纏められた針を振り下ろされる。


 針は、ガーナの脳天を貫き、一撃で命を奪うことだろう。苦しみに悶える時間を与えることもなく、簡単に命を奪える。


 しかし、アンジュの手には他人の命を奪った後悔が残ることだろう。



「なァーにしてやがる、アンジュ」


 針は、ガーナに触れることはなかった。


 突き放されたと、嫌われてしまったと思っていた人の声が聞こえる。


 それに安心したように、ガーナは笑みを浮かべた。


 ……賭けは成功、ねぇ。


 針を素手で掴み、砕いてしまう。着崩された服すら着こなしてしまうその人は、イクシードは、冷めた眼でアンジュを睨んでいた。


 気を緩めたのだろうか。


 ガーナはようやく近づいてくる複数の足音に気付いた。


 ……あは、私も捨てたもんじゃないわね。


 余裕そうにしていたが、これは一種の賭けだった。


 なんらかの事情により、態度を変えたのだと信じ、追いかけて来る可能性にすべてを賭けた。居場所を知らせる為だけに発動させた【花火】は役目を終えたように消えてしまった。


 ……良かった。


 信じることしかできない。


 自力では、抵抗することすらできずに殺されてしまう。


 守られることしかできないのは屈辱だと思いつつも、身体の力が抜ける。


 ……それでも、生きてる。私、生きているんだ。


 イクシードの視線が向けられることはなかった。だが、守る為に駆けつけてくれた。


 それだけでガーナは、なにもかもから救われた気がした。


 不安も絶望もない。


 一瞬で、頬を伝っていた涙は意味を変えた。


「ギルティア、貴方、どうして……!?」


 アンジュは、慌てて距離を取る。


 露骨なまでに警戒をしていた。まるで、ここに来ないことを知っていた上で行ったかのように見えた。その姿を見逃すイクシードではない。


「今はイクシードだァ、間違えるんじゃねェ」


 イクシードは名にこだわる。


 その名は本来ならば口にもしたくない忌々しい人としての名だ。しかし、シャーロットがそれを名乗れというのならば、イクシードは自らの名として使う。


「それになァ、それは俺の台詞だァ。招かれてねえ客人が一般人を殺そうとしてやがる。帝国の始祖が笑えるなァ?」


「それは……っ」


「一般人を攻撃するだけの言い訳があるならァ、言ってみろや。聞くだけ聞いてやってもいいぜェ? あァ、俺は相棒とは違って話だけは聞いてやるよ」


 眼を細めながら、すべてを指摘する。


 やる気のなさそうな口調で求めているのは現状報告だった。言い逃れのできない場面を見た上でそれを求めるのだ。


 ……兄さん、兄さんだ。ずっと、私が見て来た兄さんだ。


 その姿は、ガーナが憧れてきた兄の姿だった。


 豪快で恐ろしく強い。


 それでいて、誰よりも冷静に判断をする賢さを持ち合わせる。


 理想であり、憧れの兄の姿がそこにはあった。



* * *



「……シャーロットも来られたのですね」


 アンジュはため息を零した。


 個人的な感情に身を任せ、一般人の命を奪おうとしたのは誰の目から見てもわかることだ。それに対する言い訳などなかった。


「無関係な方々を引き連れてなにをするつもりですか? まさか、またしても帝国を裏切るような行動をするつもりではないでしょうね」


「おい、言われてるぞォ、シャーロット」


 アンジュの言葉に対し、シャーロットは無視をした。


 まるでその場にアンジュなどいないかのように振る舞うシャーロットに対し、イクシードは呆れたように声をかける。


 それに対し、嫌そうな表情を浮かべてからシャーロットはアンジュに視線を向けた。


「公爵邸のどこを散歩していようが私の自由だろう」


「あ、はは、そうですか。散歩の一環だと主張されるのですね」


 アンジュは後退りをする。


 それに対してシャーロットは大げさなため息を零した。


 ……吐き気がする。


 他人の様子を窺うことでしか生き抜いては来られなかったのだろう。


 ……意地汚い鼠風情が。


 アンジュは始祖の中でも弱い。


 帝国内を自由に行き来することは許されない立場である。それを自覚しながらも意地汚く生き延びようとしているようにしか、シャーロットには見えなかった。それは彼女たちが始祖として選ばれた千年前から変わらない。


「ギルティア、レインとアクアラインの王女殿下の護衛に回れ」


 指を擦り合わせると巨大な鎖鎌が現れる。


 それを慣れた手つきで受け止め、シャーロットは刃をアンジュに向ける。


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