06-5.弱いだけの少女では生き抜けない
「どちらでも構いません」
「はぁ? 構いなさいよ!」
「教えて差し上げたでしょう。シャーロット派閥に属する彼らは他人の死すらも利用をするのです。貴女もその一人だったというだけの話です」
アンジュは淡々と語る。
それが世界の理のようだった。
「そんなのわからないじゃないの! 勝手に決めつけるのは最低よ! アンタ、そんな決めつけばかりをしているから虐待をするんじゃないの!? 言っておくけどねぇ! イザトのことを虐待して、生きる希望も奪って、アンタのやっていることは最低よ!!」
ガーナは止まれなかった。
それは恐怖によるものだろうか。それとも怒りが勝ったのだろうか。
「生きてはいけない人間なんて一人もいないのよ!!」
ガーナの言葉に対し、アンジュは表情を変えた。
目を見開き、何度も瞬きをする。明らかな動揺だった。
「イザトのことを愛してもいないのならその手を離してあげてよ! 私の友人を虐待する人なんて大嫌い! 兄さんやシャーロットに対して酷い言葉ばかりを吐く人も大嫌い!! 古臭い考えなんかに囚われているから今を失おうとするのよ!! そんなことにも気づけないなら始祖なんてやめてしまえばいいのよ!!」
アンジュの目から大粒の涙が零れ落ちた。
それから、ガーナの言葉を受け止めるかのような表情を浮かべ、静かに手を差し出した。
「……貴女を殺してしまうのは惜しいことなのでしょう」
考えが変わったのだろうか。
いや、アンジュが纏う殺意が薄れない限り、ガーナの危機には変わりはない。
「貴女が傍にいてくれるのならば、きっと、あの子を救うことができるのでしょう」
アンジュの掌が光る。
それは目にも止まらぬ速さで魔力が凝縮されていることによる現象だ。
「それが許されないのならば、あの子も、きっと、生きるべきではないのです」
アンジュは泣きそうな声で言った。
「アタシではなく、貴女が救い手になることが憎いとすら思います」
アンジュはイザトを憎んでいない。
しかし、愛するわけにはいかなかった。
「あらぁ、嫉妬も大切な感情の一つよ? でもね、その醜さは、容姿の醜さを引き立てる材料にしかならないのよ。今の顔、言葉に出来ないほど醜いわ、おばさん」
「……おばさんと、言いました?」
「あは、間違えちゃったわ。おばあちゃんだったわね!!」
ガーナはわざとらしく言い換えた。
それに対して、アンジュは、怒りに体を震わせる。
「千年も生きているなんて化石よ、化石。若い真似をしているのも限界じゃないの?」
それに気づいたガーナは、笑顔で指摘をする。
怒りのままに攻撃することが出来ないのならば、その怒りを限界まで持っていく。そうする事で、たいていの人は理性を飛ばす。
理性を飛ばせば、攻撃力は増すが、隙も生まれやすい。
その隙を狙って塔の中に逃げる。頑丈に出来ている塔の扉の一部が、へこんでいる事が気がかりではあったが、そこしか隠れられる場所は無い。
「あら、アタシを、バカにしておりますの?」
怒りに震えた声を聞き、ガーナは笑顔で頷いた。
齢十五歳の少女が考えた単純な誘導作戦に、簡単に引っかかっている姿には違和感があったが、これ以外の方法は浮かばなかった。
「そう、良いわ。力のない子娘一人、アタシ一人で十分ですわ――!!」
「出でよ! 我が誇り高き番犬! 【地獄の三頭犬】!!」
立ち上がった途端、ガーナは召喚呪文を唱える。
ガーナの姿を隠すように現れた魔方陣からは、三メートル近くあるケルベロスが飛び出し、そのままの勢いで杏樹に飛びかかる。
「小汚い犬畜生が、アタシに触れないで下さる!?」
ケルベロスの身体を針が貫く。
血を流しながらも、主人を守るようにアンジュの肩に噛みついた。痛みに顔を歪めたアンジュは、手にしていた針で目を突く。勢いよく振り翳されたそれに鳴き叫び、飛び跳ねるようにして下がる。
刺された左目からは、大粒の涙と一緒に血を流す。
「ケルちゃんっ……!!」
ガーナの呼びかけに答えるように、大きく吠えた。
空気が揺れる。木々は大きく揺れ、鳴き声は響き渡る。
「【花火】!!」
魔力を限界までナイフに注ぐ。
刻まれた魔方陣は輝きだし、ガーナとケルベロスの身体を包み込む。兄から譲られた【花火】を発動し、逃げるつもりだった。
ケルベロスの背中に飛び乗り、駆け出す。
その姿は、【花火】の煙と騒音により掻き消されている筈だった。
「残念ですわね! お嬢さん!」
ケルベロスの身体が横に斬られる。
背中に乗っていたガーナは地面に叩きつけられる。
勢いよく転がり、背中を大木にぶつけて漸く止まった。痛みに涙を零すが、直ぐに立ち上がろうと地面に手を付ける。
そこで、目の前に倒れていたケルベロスの身体が、粒子に変わる瞬間を見た。
現世に留まる事が出来なくなった使い魔は、回復するまでは召喚することが出来なくなる。その代わり、現世で命を落とすことはない。
「ケル、ちゃん……」
粒子になり、天に昇っていく。
隠れ場所になる予定の塔からも離れ、頼りの使い魔も倒された。
アンジュの手には、大きな剣が握られていた。血で汚れた剣を地面に突き刺し、笑う。
高らかに笑い声を浮かべるその姿は、まさに悪女。
帝国を守る為に命を捧げる始祖の一人だとは、到底、思えない姿だった。
「あはははっ! ああ、本当に愚かな娘ですわね! アタシが針だけを使うと思いましたの? ――残念ながら、外れですわよ」
「ほーんっと、残念だったわぁ。伊達に年を喰ってないのねぇ、おばあさん」
「その減らず口も最期ですわ」
アンジュは、少しずつ距離を縮めて来る。
痛みと恐怖により、身体が思うように動かないガーナは、絶体絶命の危機に陥っていた。




