06-1.弱いだけの少女では生き抜けない
* * *
ガーナは人気のない古びた塔の前に座り込んでいた。
乱れた息を整え、震える体を支えるように丸くなる。誰にも見つからないことを願いながら、この場から消えてしまいたいと言う衝動に耐える。
……これで良かったんだよね。
耐えることしかできなかった。
空の青は、木々で隠され、光は届かない。まるで見上げることも許されないかのような孤独に苛まれるのは、ガーナが一人だからなのだろうか。
……まるで、別人みたいだった。
思い出すだけでも胸が痛くなる。
ライラとイクシードが共にいた姿に傷ついたわけではない。
親友だと自負する彼女が別人のように振る舞い、ガーナを冷たい視線を向けた。その視線には心当たりがあった。
学園に通う貴族の子どもたちがガーナに向ける目と同じだ。
その視線に耐えられなかった。
たとえ、イクシードの手のひらでライラが操られているのだと頭の中でわかっていても、その視線に打ち勝つことができなかった。
……ごめんね、ライラ。私には逃げることしかできなかった。大好きな親友が苦しんでいるのに、ただ、信じてあげることしかできなかった。
前触れはなかった。
しかし、いつもの穏やかなライラでもなかった。
……兄さんを殴ってでも、ライラを助けたいと思ったのに。
身体がついていかなかった。
怯える気持ちに引きずられるように逃げ出していた。
逃げることにより解決する方法などあるわけがないと知っていながらも、ガーナはその場しのぎの言葉だけを口にして、理由を作って、逃げ出した。
……考えなきゃ。ライラを助けなきゃいけないんだから。
なにがいけなかったのだろうか。
ガーナには心当たりがなかった。
少なくとも、ライラの人格が急変をするような事態が引き起こされているとは思っていなかった。
「あは……、もう、やだ。考えなきゃ、いけないのに」
抑えることの出来なくなった涙は、零れ落ちる。
冷静にならなくてはいけないのだと、頭の中では理解をしているのにもかかわらず、身体も心も追い付かない。
四月終わりだというのにもかかわらず、冷たい風に体温が奪われていく。無我夢中で逃げるように走り、辿り着いた場所からは、屋敷の姿は見えない。
ここには、誰も来ないだろう。
今頃、宴会は盛り上がっている。そこには、当然のように笑い合っているライラとイクシードの姿がある。それを想像して、顔を隠すように更に体を丸める。
「やだ、やだよぉ……」
元々、存在していたのにも関わらず、見ないふりをしていた格差を考えれば、距離を置くのが当然なのだ。
本来、居るべき場所ではない。
ライラの隣にガーナの居場所はない。
目を反らし続けてきた現実を強引に見せつけられたような気分だった。
「泣いてる場合じゃないのに」
ガーナは多くのことを望んでしまった。
身分違いの友情を信じた。
身分違いの恋心を知ってしまった。
それらはガーナの前に遠慮なく立ち塞がる。
……聖女になれば、全部、解決されるのかな。
今後、ガーナの前に立ち塞がることになる身分制度を乗り越える方法はある。しかし、その道を選べば、ガーナはガーナではなくなるだろう。
……嫌よ。絶対に。
聖女の転生者である可能性は、ガーナに多くの絶望と共に夢を与えた。
帝国の歴史に名を刻む裏切り者の聖女にはなりたくない。
しかし、その立場を手に入れることができれば、友情を断ち切られる心配はなくなると甘いことを考えてしまった。
……しっかりしなきゃ。ちゃんと考えないと。
気づくことができなかったのだ。
釣り合わないものを抱え込んでいることにも、それ以上を欲すれば、なにかを犠牲にしなければいけないことにも、気付けなかった。
……ライラだって抗っているんだから。私がこんなところで負けちゃだめよ。ライラの親友だっていうなら、打開策を見つけて見せなくちゃ!!
友情関係は破綻してしまうのだろうか。
ガーナには手に負えないものを救おうとしたからこその代償というのならば、ガーナはもう二度と立ち上がることはできないだろう。
……兄さんがなにを望んでいるのか、わからない。
あの場にいたイクシードは、ガーナの知っている兄ではなかった。
……でも、シャーロットとレイン君は仲が良さそうだった。だから、きっと自力で解決をしたと思う。私の出る幕はなかったのは良いことなのよ。私は私のことだけを考えていればいいもの。
それらはガーナが望んだものではない。
ただ、同情をしてしまっただけだった。
夢に振り回されるように走り回った。
それらは的外れなことだった。それでも、ガーナは満足だった。
……私のバカ。
人を助ける為ならば、失う覚悟はできていた。
それは当たり前のことなのだと感じていた。
……大事なことを忘れていたなんて。
誰かにどう思われているかを考える暇はなかった。
帝国の英雄の一人として選ばれた始祖の一人も、聖女の重荷を捨てる形で逃げたのだ。帝国を裏切り、自身の平穏を望んだのだ。
その結果、今のガーナがいる。
どこにでもいる少女のガーナには、背負いきれるはずがなかった。
……私は、きっと、聖女様じゃない。
前世では、聖女として活躍した始祖だったのかもしれない。
それは根拠のない話だった。シャーロットやイクシードは始祖の転生者だと口にするものの、ガーナには聖女の力はない。素質もない。
……だって、夢の中の聖女様と私はなにも似ていない。
ガーナには中途半端な記憶だけが引き継がれている。
それは夢という形で得る記憶だけである。
他人の記憶を盗み見しているような感覚や別人格に乗っ取られてしまうのではないかという危機感、得体のしれない既視感を抱くだけである。




