05-3.抗うことすらも許されないのだろうか
……罪悪感に塗れた顔だな。
自分のしたことの重大さに気づいたのだろうか。
それとも、それを受け入れることすら出来なく、困惑しているのか。
「おや、随分と単純な魔術ではないか。ギルティア、少しだけ同情をしたか?」
シャーロットはライラにかけられている魔術が単純なつくりをしていることに気づき、意外そうな声を出した。
……愚かな。
挑発するように行動して見せれば、平衡感覚を崩す。
そこからは、あっという間の崩壊だった。
……ギルティアの挑発に乗ったのか。それとも逆鱗に触れたのか。どちらにしても彼女とは思えない失策だ。魂が同じとはいえ別人として生まれたのだから、比べるのも意味がないかもしれないが。
期待通りでありながらも、同時に期待外れでもあった。
【物語の台本】の書き換えを難なく行ってしまうであろうと考えていたガーナは、それが出来ずに逃げるように立ち去った。その姿を見て、急に冷めた心に気付いた。
……やはり、簡単には書き換えられぬか。
存在する筈のなかった二人の関係性に、期待していたのだと気付く。
しかし、それに気づいた時には、既に遅かった。
二人の関係性には、確実に亀裂が走った。
……世界を渦巻く悲劇を晴らすまでは出来ないか。
ガーナならば、出来るのではないかと期待していた。
そして、それを利用しようと思っていたのだが、全ては消えた。
ただの女子高校生であるガーナに期待をし過ぎていたのだ。
……やはり、あれに手を出すしかないのか。
ガーナを利用することにより、事態を丸く収めようとしていた。しかし、それは不可能であると悟り、覚悟を決める。
すべては帝国の為だ。
そうでなければならない。
頭の中を支配するような言葉を聞かなかったことにしながら、シャーロットはまっすぐにライラを見上げた。背の高いライラは虚ろな目をしたままだ。
「泣きそうな顔をする資格など貴様にはあるまい。貴様が親友だと言った女を追い詰めたのは、他でもない貴様の言動だ。それとも操られていたと言い訳でもしてみるか?」
それに気づきつつも、まだ胸にしこりが残っている気がした。分かりつつも、口から出るのは嫌味とも取れる言葉だった。
「魔術を解いてやろう」
シャーロットは人差し指をライラの額に当てた。
それだけでイクシードがかけた魔術は解けてしまう。先ほど、シャーロットが指摘をした通り、彼らからしてみれば単純なものだったのだろう。
「……あっ」
ライラの身体には自由が戻った。
その衝撃により足元から崩れ落ちそうになったが、なんとか姿勢を保つ。
「……離れることをお許しくださいませ」
「好きにすればいいだろォ」
「ありがとうございます。そうさせていただきますね」
イクシードの傍から離れる。
それから困ったような表情を浮かべているレインに対し、大丈夫だと訴えるかのように視線を向けた。
「情けない姿をお見せしましたわ。ですが、助けていただいたこと、心から感謝をいたします」
「たいしたことはない。少々行き過ぎた悪ふざけを諫めただけの話だ」
「それでも私には抗えない強力な魔術でした。一国の王女として過ちを犯してしまう前に彼を諫めてくださったことを感謝いたしますわ」
ライラの言葉に対し、シャーロットは口元を歪めた。
魔術を解いたのはライラの為に行ったわけではない。
レインが望んだからこそ、手を貸しただけでの話である。ライラも、そのことをわかっているのだろう。
それなのにもかかわらず、お礼の言葉を言われるのは違和感を覚えてしまう。
……同一の魂を持っていることがすべてではない。
何度も死を乗り越え、自我や記憶を継承し続けていくのは通常ではありえない。それが特殊な魔術を組み合わせたものであることはシャーロットも知っていた。
新たな文明が生まれるのと同じように、古の文明は廃れていく。
その時代に生きる人々が独自の歩みを進めるのと同じように、人々は進化を続けていく。その流れと共に魔術が廃れていくのも、効率よく発動ができるような魔法が開発されていくのも、おかしくはない。
……彼女は前世に対して未練を残さなかったのだろう。
前世の記憶を手に入れる方法は存在する。
それは現代を生きる魔法使いや魔女の力だけでは不可能だろう。しかし、シャーロットのような膨大な知識と魔力量、魔術を行使する実力を持っていれば可能となることもある。
レインのように前世を受け入れて生きることも出来るだろう。
イクシードはライラにもその選択肢を与えた。かつてアクアライン王国の独立を導き、英雄となった女王を取り戻す術を一方的に与えた。それを拒否したのは魂の奥底に刻まれている前世の記憶によるものなのだろう。
* * *
「イクシード様」
ライラはイクシードの正面に立ち、彼の名を呼んだ。
それは彼の本来の名ではないことは知っている。一時的に与えられただけに過ぎない名を好んでいないことも知っている。
「イクシード様はガーナちゃんのお兄様でしょう」
だからこそ、ライラはその名を呼んだのだろう。
魔術により身体の自由を奪われ、思ってもいない言葉を言わされていたのにもかかわらず、笑って許してくれたガーナの言葉に救われた。わかっていると肯定してくれるガーナがいたからこそ、魔術に抗うことができた。
……ガーナちゃん。
誰よりも大切な親友だ。
彼女を傷つけるのは自分自身であったとしても許せない。ガーナが大切な人なのだと語る相手であるからこそ許すわけにはいかない。
「私の親友を悲しませることは許しません」
イクシードの頬に平手打ちをする。
その血の中に精霊の加護を受けているアクアライン王国の王族は怪力の持ち主だ。大昔は人々の生活に関与していたとされているエルフ族にだけ与えられていたとされる加護の一つだ。




