04-5.ガーナとライラはすれ違う
「当たり前じゃない」
今まで共に過ごしてきた時間は、大切な時間だった。
大好きな一番の友人であると、親友だと心の底から叫べる関係は、ライラが初めてだった。
例え、誰かに相応しくないと陰口を叩かれても、距離を取らなかった。傍に居たのは、大切な友人たちだった。その中でも一番の仲良しなのだ。
「私たちは親友だもの」
だからこそ、ガーナは笑顔で言った。
……ねえ、そうでしょ。ライラ。
身分制度を酷く嫌う心優しき少女なのだ。
ガーナを親友だと呼ぶ人なのだ。
「大丈夫よ、ライラ。私、大好きな親友になら何を言われてもいいわ」
そのことを覆されるのはあってはいけない。
ガーナとライラの友情に亀裂を入れようとしているイクシードの言葉に耳を貸してはいけない。
「だって、私たちは大親友だもの。なにも問題はないわ!」
ガーナは高らかに宣言をした。
その言葉がライラの心を動かすと信じていた。
「たまには大声をあげて喧嘩でもしましょうよ! 仲良しの親友だって喧嘩くらいはするわよ。それでね、仲直りをするの。そしたら、今までよりももっと仲良しになれるわ!」
ライラは、親友を貶める真似をしない。
万が一、そうであったとしても、ガーナは最後まで理由を探すだろう。
その関係性をイクシードは理解できない。ガーナの強がりだと決めつけ、その言葉がライラの心を動かす力になるとは思ってもいないだろう。
「大丈夫よ、ライラ。私は強いんだからね!」
それから、その理由を突き詰めて笑うのだ。
一緒に頑張ろうと背中を押して、手を繋いで笑い合いながら、悩みを解決すればいい。
理想論に近い考えを、自信へと変える。
そうしなければ、この場から逃げてしまいたくなるのだ。
周囲の眼は冷たい。敬愛する兄の眼は、恐怖すら感じる。陰口を叩かれるのは、いつだって恐ろしいものだった。
泣き出して逃げてしまいたい。
……私は、ライラが大好きだからさ。
感情のままに立ち去ることはできない。
「だから、私は信じるわ。ライラ。私たちは親友だもの」
精いっぱいの笑顔で不安を掻き消す。
……だから、リンのことは言えないね。
言えば理解してくれると思っていた。
けれども、それは無理だろう。
心の中に初恋を隠す。元々、打ち明けるつもりのなかった恋心だ。自覚してしまった勢いで浮かれていただけの感情に鍵をかけ、心の奥底に埋める。
自分の心に嘘をつくのは慣れている。
諦めなければいけないことも慣れている。
それでも、ライラのことだけは諦められなかった。
「そうじゃねえだろ、ライラ。言ってやれよ」
イクシードはライラの腕を叩いた。
気に入らない人形を乱暴に扱うかのようだった。
「……わたくしの言葉は彼女を傷つけてしまいますわ」
ライラの口から発せられるのは、感情のない声だ。
それはライラの本心ではない。
声帯を奪われ、心を塗り替えられ、本心でもない言葉を口にさせられる。
「それでいいんだよ。隠し事ばかりは疲れるだろォ?」
「ギルティア様がそうおっしゃられるのならば、そうなのでしょうね。貴方様は誰よりもわたくしのことを知ってくださっていますもの」
「はは。そりゃあそうだろうなァ」
イクシードにとっては気に入らない展開だったのだろう。
強引にライラの意思を捻じ曲げようとしていた。
「許すことができませんの」
ライラの目には光がない。抗っているのだろうか。
「わたくしは、彼女のことが許せませんの」
抽象的な言葉だった。
それは強要されている言葉なのだろう。
「大嫌いですわ。昔から、貴女のことが嫌いでしたのよ」
ライラの目から涙が零れ落ちる。
言いたくもない嘘を口にさせられ、心が悲鳴をあげている。
……辛いねえ。
強がっているだけだった。
それでも、必死に笑ってみせる。頬が引きつってしまう。
……兄さんはなにをしたいんだろうねえ。
ライラの意思は残されている。
操るのならば意思を消してしまった方が簡単なはずだ。それなのにもかかわらず、ライラは抵抗を続けている。
……まるで、私じゃなくて、ライラへの嫌がらせみたい。
ガーナと敵対することがライラへの嫌がらせになるのだろうか。
イクシードの考えを理解することができなかった。
「いいのよ。私はライラのことが大好きよ。これはなにを言われても変わらないわ! だから、泣かないでちょうだい」
掌で踊らされていても、構わない。
踊らされることでライラを救えるのならば、ガーナは喜んで道化師になる。
「リンのことは気にしないでよ。いつもの冗談よ、冗談。だって、あいつをからかうのは楽しいんだもの!」
次から次へと出て来る言葉に、ライラは満足そうに微笑んでいた。
……正解なのかな。
それは勘だった。
魔法に対する抵抗力の高いライラが簡単に屈してしまうのには、きっかけが必要だったのだろう。
……きっと、兄さんはライラが弱っているところを利用したんだ。
他人の弱みを利用することに対して抵抗はなかったのだろう。
「ほら、言いましたでしょう? わたくしの思い違いでありましたのよ」
「そォーかァ? 俺はどうも疑わしいけどなァ」
ライラの言葉に対し、イクシードは疑いの目を隠さない。
……大丈夫。兄さんは気づいていないわ。
ガーナは確信する。だからこそ、ガーナは笑って見せた。
「そのような恐ろしいことをおっしゃらないでくださいまし。ごめんなさいね。わたくしとしたことが、貴方の事を疑ってしまいましたわ」
「……良いのよぉ。私が悪かったわぁ」
ガーナは、困ったように笑う。
……大丈夫よ、ライラ。
これ以上、イクシードを刺激するのは不味いだろう。
……私は兄さんの妹だからね!
それは経験でわかっているものだった。
「兄さん、ライラのことを任せるわぁ。私の大事な親友を傷つけないでよね?」
此処には、もう居たくない。
そう訴えるように視線をイクシードに向ける。相変わらず、面倒そうな表情をしている兄であったが、ガーナはそれに気づかないふりをした。
「アァ、テメェに言われるまでもねェーよォ」
「今日はぁ、また思い切り言うねぇ、兄さん」
二人に背を向ける。
……あは、ダメだねえ。
それから、人込みを掻い潜るように前に進んだ。
……わかっているのに、泣けてくるよ。
零れ落ちそうになる涙を堪え、突き刺さる視線に耐えて外を目指す。
これ以上、誰からも冷たい目で見られたくは無かった。




