04-3.親友の声は届かない
「応えよ。ガーナ・ヴァーケル」
まるで本物の知り合いかのような問いかけに対し、ガーナは言葉を失った。
……まるで。
嫌な予感がした。
追いかけるべきでは無かったのだと後悔した。
……知っていたみたいじゃない。
ライラの声に従うべきだった。
呼び止めてくれる声に従うべきだった。
……忘れているのが、当たり前みたいじゃないの。
追いかけてはいけなかったのだ。
気付かないふりをするべきだったのだ。
「わからない!!」
考えた末に出た答えはそれだった。
まるで、気付いてしまった妙な違和感を否定するかのようだった。
……でも、嘘じゃないもん。
なにもかも分からない。なにもかも知らない。
それでも、確かに覚えているのだ。
シャーロットのことを知っている。
……分からないのよ。どうして、この人を知っているのか。
「きっと、あれよ。にっ、兄さんに似たんだわぁ! 私の兄さんを知ってる? 知っているわよね? 始祖の一人なんだから! だから、きっと、それで、私はお前の名前を知っていたのよ!」
気付けば口にしていた台詞は、現実味の無いものだった。
「そうよ。そうじゃなきゃ、おかしいわ。だって、私はお前を知らないもの。知らないのが当たり前なんだもの。ねえ、そうでしょ!?」
気付いてしまった違和感の正体は、急激に目覚めた予言である。
根拠のない妄想を現実であるかのように口にすることは、慣れていた。
妄想癖があると笑われることも少なくはなかったが、それでも、ガーナは止まれない。
「そうだって言ってよ!」
そうでなければ、この現象は説明できないのだ。
それを知っているかのように、必死に言葉を続ける。
「貴様には、予言の才はないだろう。ギルティアの力をお前が引き継ぐことはありえない」
シャーロットは否定をした。当然のようにガーナの妄想を否定する。
「くだらない妄想だな」
容赦のない言葉は、ガーナの胸に刺さる。
とっさに作り上げた嘘は、否定されてしまえば、終わってしまう。
「貴様の疑問に答えてやろう」
シャーロットは子どもに言い聞かせるかのような声を出した。
「私は貴様のことを知っている」
その言葉さえも否定してしまいたくなる。
「貴様はギルティアの妹として育てられたものの、その才能は限りなく底辺に近いものだ。あぁ、これは失礼。お前にとって、あれはギルティアではなく、イクシード・ヴァーケルだったか」
シャーロットはガーナの全てを否定するかのようだった。
穏やかな口調のまま、淡々と事実だけを述べていく。
「貴様が言う通りだ。知らないのは当然のことだ。それならば、なぜ、貴様は私のことを知っていたのだろうな?」
淡々とした声で全てを否定された気がした。
これ以上の嘘を防ぐかのように、まるで、出会うことを知っていたかのようにシャーロットは笑った。
「貴様には嘘は似合わない。不自然な嘘ほど気色の悪いものはないのだ」
……なんで、知らないのに。
なぜだろうか。その姿を見たことがある気がした。
何度も何度も、見てきた気がするのだ。
「そうであろう? ガーナ・ヴァーケル。我が同士の妹君よ。なぜ、私のことを知っていたのだ。応えてみせろ」
格下を相手にする暇はない。
そういうかのような笑みを携えながら言葉を続ける。
「貴様の信じるものが本物ならば答えは導き出せるだろう?」
その異様な姿にすら懐かしさを感じる。
「うるさい! うるさいわよ!」
ガーナは否定をする。
「仕方ないじゃないの! 私にだって、わからないのさぁ!!」
子どもが癇癪を起したかのような声だった。
「私は、お前に逢ったのは初めてなわけだしねっ!! ただ、お前を見た瞬間に追わなければならないと思ったのさ!」
根拠のない勘だった。
それは相手を納得させることができるようなものではない。
「そう、これぞ、奇跡――、いや、運命と言うべきなのかもしれないね!! いやはや、私の運命の人が女性とは、神様もなかなか酷い失態を冒してくれたものだと思わないかい!? そうでも思わなきゃ気が狂ってしまいそうよ!」
それから、息を乱す事無く、言い切った。
対するシャーロットは僅かに眉間にしわを寄せていた。
「そんな顔をしないでよ。私だってなにもわからないのに!」
……滅茶苦茶だってわかってる。
自身を納得させるために、意味の分からない理由を作り上げた。
「追いかけてきたのは事実よ。だって、私はアンタを救わないといけないって本気で思ったんだもの!」
それを後押しするのは、不思議な確信がある為である。
……やってられないわよ。
根拠のない確信を心の中に刻み込む。
「それがどうしてなのか。私が誰よりも知りたいわよ!」
自身の不可解な行動を説明する為だけの言い訳を作り上げる。
それが、間違っていることには気付いていた。




