04-4.ガーナとライラはすれ違う
……兄さんはなにを企んでいるの? ライラのことをどうしたいわけ?
それならば、命を狙われているのはライラだ。
ガーナが引かないのならば、見せしめとしてライラの命を奪うつもりなのだろう。
「……わかったわ」
その理由はわからない。
ガーナには理解をすることができない。
「兄さんの言う通りにするわよ」
ガーナは降参すると言わんばかりに両腕をあげた。
そのわざとらしい仕草もイクシードは見破っているのだろう。
「だから、ライラを解放して。ライラは関係ないでしょ」
「解放? この女は自分の意思で俺といるんだ」
イクシードの言葉に対して、ガーナはわざとらしくため息を零した。
……少しだけ、ライラの表情が変わった。
その些細な変化にイクシードは気づいていないのだろう。
「本気で言っているの? 兄さん」
「当然だろうがァ」
悲しそうな表情を浮かべているライラの目から、一筋の涙が零れ落ちる。
それに気づかないのにもかかわらず、イクシードは上辺だけの言葉を続ける。
「それは質の悪い妄想だねぇ。一回、頭の検査を受けた方がいいよ? ライラが兄さんを好きになるわけないじゃないの。そんなこともわからないの?」
ガーナは降参だと訴えるかのように両腕を上げたまま、イクシードを否定した。常に兄の行動を肯定し続けたガーナの言葉を聞いても、イクシードの心は動かない。
それを自覚する。
自覚しても、悲しむ暇はガーナには与えられない。
……うん、大丈夫よ。ライラ。
心の中で親友に応える。
……私はライラを信じているわ。
流されている涙こそがライラの本音なのだろう。
涙を流しているのは、この状況を望んでいないからなのだろう。
「私はライラを信じているわ」
ガーナはそれに応じるように笑ってみせた。
誰よりも信じている親友に向けて笑う。
安心させるかのように、いつも通りを演じてみせる。
「兄さんがなにをしようとしても無駄よ。だって、なにをされても私はライラのことが大好きなんだもの」
宣言する。
その言葉がライラの心を動かすと信じていた。
「くだらねえな。此奴はお前のことなんて好きじゃねえぜ?」
「それがどうしたのよ? 私がライラのことを大好きなのも、ライラのことを信じているのも、ライラがなにを思っているかなんて関係がないじゃないの」
「はっ、一方的な綺麗事だな」
「そうねえ。よく言われるわぁ」
形だけでは降参しているかのように両腕をあげているものの、ガーナは引こうとしない。それどころか、真っすぐにイクシードを見つめていた。
「それなら、言ってやれよ。ライラ」
イクシードはライラに囁いた。
それは命令だったのだろう。
ライラの表情は悲しそうなものから、いつも浮かべている穏やかな表情に変わる。操り人形のようだった。
……最低。
イクシードに対して怒りを抱く。
盲目的に慕っていたとしても、友人が関わってくるのならば別である。
……ライラを人形のように扱うなんて。
この場で暴言を吐いて、イクシードの腕からライラを奪い去ってしまいたい。
それは不可能だと知っている。始祖であるイクシードに敵うはずがない。
「ガーナちゃんを責めないでくださいまし」
「アァ? 何でだァ、アンタはあれだけ傷つけられたじゃねェーかよォ」
イクシードはありえないというかのように、ライラの言葉を否定した。
それはイクシードの望む言葉ではなかったのだろう。
……ライラも抵抗してるのね。
ライラの心まで操られていないのだと、ガーナは確信する。
「わたくしたちは、唯一無二の親友ですもの。きっと、ガーナちゃんにも、何か考えがございましたのよ」
「甘ったるい考えだなァ」
目の前で繰り広げられる会話に、ガーナは思わず一歩下がる。
……それは、嘘? 本音?
穏やかに笑って見せるライラの姿に、周りは拍手をする。
それは、心優しき王女を評価するものだった。
……ううん。私が信じなくてどうするのよ。
自分自身を叱咤する。
……兄さんからライラを取り戻すのよ。
本来ならば、傍にいることは当然のことながら、話すことすら許される立場ではない人間を許す姿は、穏やかな人間性によるものだと判断されるのだろう。
操られているかのように、拍手をする周囲に視線を向けている余裕はなかった。
まるで、それすら計算されていたようだった。
イクシードの思い通りになっている。
そう感じてしまうのは、何故だろうか。
「ガーナちゃん、私たちは、親友でしょう?」
一人称の変化に気付く。
イクシードはその変化にも気づいていないのだろう。
「信じてくださいませ。私は、嘘をつきたくはありませんわ」
その言葉はライラの本音だ。
……自力で解こうとしているのね。
ライラも抗っているのだろう。
それならば、ガーナはその言葉を信じるだけだ。
……そうよ、私が信じなくてどうするのよ。
信用関係がなくなれば、それは友人とは言えない。
誰かを貶めるだけの関係ならば、最初から一緒に居ない方が良い。誰かの不幸を望み、笑い合う時間があれば、良いところを見つけて笑い合った方が有意義だ。
……誰よりもライラのことを知っているのは、親友の私よ。私は誰よりもライラのことを信じているわ、ライラだって私のことを信じてくれる。
だからこそ、ガーナはライラを信じるのだ。




