04-3.ガーナとライラはすれ違う
視線を反らすこともせずに、冷めたままの視線を向ける。
……違う。言いたいのはそれじゃないのに。
口元だけは穏やかに笑っているライラは、傍から見れば、いつも通りに見えるだろう。
しかし、ガーナは彼女が怒っていると理解していた。
……怯えちゃダメなのに。
普段と違う。それだけで恐ろしく感じてしまう。
思わず、言い訳を探してしまう。
それでは意味がないのだとわかっていながらも、逃げ出す理由を探してしまうのは弱いからだろうか。
「やだ、なんで、怒ってるのよ? なんで、何も言ってくれないの?」
いつも通りを演じようと、すればするほどに声が震えてしまう。
ライラは笑っているだけだ。そこには感情はないように見えた。
「おいおい、笑わせてくれるなよ」
返事をするのはイクシードだ。ライラはなにも言わない。
そのことを指摘しようとするのだが、言葉にはならない。
……なんで、どうして、どうしたらいいの。
頭の中が掻き混ぜられているような違和感がある。
「誰がお前と話をするって? 立場を考えろよ。社交界で誰がお前みたいな平民を相手にすると思う? 隣国の第二王女が相手にするわけねえだろ」
イクシードの言葉に同調をしたのだろうか。
徐々に周りの視線がガーナに向けられるようになっていた。
その中には見知った顔もある。主催者であるフリークス公爵家に招かれた同級生たちの視線は冷たいものだった。
……まるで見世物になったみたい。
嘲笑を浴びせられる。侮辱的な言葉を向けられる。
それすらも社交界では普通のことなのだろう。
……それを誘導しているのが兄さんなんて信じたくない。
現実逃避をしている余裕はない。
普段ならば心強い味方であるイクシードはガーナに敵意を向けている。それは、ライラの心を壊す為の行為であることにガーナはまだ気づいていなかった。
「まるで見世物だと思わねえかァ、ガーナ。お得意の綺麗事でも言ってやれよ。注目を集めるのは好きだろ?」
「……ふふ、そうねえ。私は注目を集めるのが大好きよ、だって、目立ちたがり屋の兄さんの妹だもの」
「くだらねえ理由だな」
「そうだね。兄さんは、私の大切なことをいつも否定するんだもの。それが、本当に私にとって良くないものだったりするから、嫌になるわ」
それは初めての反抗だった。
兄のことを敬愛しているからこそ、盲目的なまでに従っていたガーナの反抗的な言葉に気付いたのだろうか。
「仕方ねえだろ? 視えちまうんだからよ」
「だからって、妹の幸せを壊すような真似は良くないと思うわよぉ」
イクシードは目を細めた。
まるで獲物の様子を窺っているようにも見える。
ガーナはそれに気づいていながらも、知らないふりをして言葉を続ける。今更、引き返すことはできなかった。
「兄さん、ライラはアクアライン王国の第二王女なの。兄さんが好きにしていい女の人じゃないわ」
自分自身を鼓舞するように拳を握りしめた。
……目の前にいるのは兄さんじゃない。知らない人よ。
自己暗示をかける。そうでもしないと逃げ出してしまいそうだった。
……始祖を相手にするのよ。
シャーロットのように、興味が失せれば立ち去っていくような相手ではない。
敵とみなした相手を見逃すような人ではない。
「お前がそれを言うかよォ。ガーナ。先に裏切ったのはお前だろ?」
「なんのこと?」
「隠すなよォ。これの想い人に手を出したんだろ? 親友に裏切られてかわいそうになァ。恨まれて当然だと思わねえかァ?」
徹底的に潰さなくては、気が済まない人だということは知っていた。
それでも、様子のおかしいライラを見捨てる選択肢はガーナにはなかった。
……それでも、兄さんにライラをあげるわけにはいかないの。
それはライラの想い人を知っているからだろうか。
「知らないわねぇ。ライラの想い人なんていたら国際問題じゃないの」
「国際問題? あぁ、そうかァ。お前、まだ気づいてねえんだなァ」
「兄さん、なにを言っているのか、よくわからないわ」
……わざとらしい。
思わず、嘘をついた。
イクシードはその嘘を簡単に見破り、この状況がおかしいことを告白する。
「なァ、おかしいと思わねえか? 第二王女が始祖の腕に抱かれているのにもかかわらず、誰も言わねえんだ」
……本当なら関わりたくもないのに。
一部の人間を除いたこの場にいる人間の動きが止まる。
【物語の台本】に触れたのか。それとも、イクシードが人々の動きに干渉をしたのだろうか。
「本当にどうしようもねェー奴だなァ?」
呆れたような声に肩を揺らす。
それでも、目を反らさない。この場を逃げ出してしまいたくなる心を叱責し、力強い目でイクシードを睨みつける。
「お前が悪りィーんだろうがァ。ライラの好きな男に手を出したんだってなァ? わかってんのかァ? 処刑されたって文句は言えねえような行為だぜ? それを穏便に済ませてやろうっていうのに、まだ、わかんねえのかァ」
告げられた内容に、肩が飛び跳ねる。
微笑んでいたライラは泣きそうな顔をして、イクシードの服を掴んでいる。そんな彼女を庇うように、イクシードは眉を潜める。
……どこまで、ライラを弄ぶつもりなの。
その行為にはライラの意思はないのだろう。
理由はわからない。しかし、ガーナはイクシードの真意を掴めないままだった。
「さっさと帰れ。殺されてえのか」
イクシードはライラの髪を撫ぜる。愛おしげに、傷ついているのであろうライラを慰めるその仕草を見せつけられ、ガーナは、何も言えなくなる。
……殺されるのは私じゃない。
ガーナは帝国にとって必要な人材となっている。
裏切り者だとしても、聖女の転生者であるとされているガーナの命を独断で奪うわけにはいかないだろう。