03-5.魂に刻まれた罪は引き付けあう
「今のアンタには酷い話だろうけどなァ」
平和な時代を生きるライラには、イクシードの真意はわからない。
その言葉はライラを傷つける。
「俺は生き方を変えられねェ。その先にあるのが破滅だろうが、不幸の連鎖だろうが、そんな些細なものは気にならねえんだよ」
イクシードの手がライラの頭を撫ぜた。
数回、軽く叩くような行動だったが、ライラにはそれが懐かしいものに思えてしまう。
「愛した女と振り向きもしねえ相棒を天秤にかけても、相棒を優先する男だ。だから、アンタはそのままでいろ」
別れ際、彼は子どもを宥めるような行動をする。
それはライラの知らないはずのイクシードの癖だった。
「ギルティア様!」
用事は終わったと言わんばかりに立ち去ろうとするイクシードの腕を掴む。
今度は迷わなかった。
迷っている暇は、ライラになかったのだろう。
「わたくしがシャーロット様には敵わないことはわかっておりますの。それでも、わたくしは貴方をお慕いしておりますわ」
それはライラの身体を借りただけの言葉だった。
ライラよりも少しだけ声色が高い。
「この身が果てようとも、この心だけは貴方と共に居させてくださいませ」
その異変に気付いているのだろう。
イクシードはライラの手を振り払おうとしたが、途中で諦めたかのようにため息を零した。
「……それがお前の本音か」
「さようでございます。ギルティア様、わたくしはわたくしたちの血が流れるこの子の身体を貶めるようなことはできませんもの。今宵だけの逢瀬だと思ってくださいませ」
「そうだと思ってたぜ。アンタは俺を優先しねえからな」
「お互いさまでございましょう? 貴方もわたくしを選びませんもの。それならば、せめて、心だけは共にいさせてくださいませ」
イクシードは振り向かない。
そのことを理解しているのだろう。
「ははっ。それなら、アレはその女の言葉か」
イクシードは君が悪いものを見たかのような表情をした。
人間に対して、強い嫌悪感を抱いているイクシードの表情は変わりやすい。
「この子を悪く思わないでくださいませ。わたくしの心が混ざってしまったからこその言動でしょう」
「それなら、そのまま奪っちまえよ」
「冗談でもそのようなことをおっしゃらないでくださいませ。この子にはこの子の生きる道がございますのよ。それを亡霊が奪うなど、許されません」
ライラの身体の主導権を奪い、意思を伝えることに成功した彼女は、その変化を読み取り、悲しそうな表情を浮かべた。
「そいつはいい。その言葉を彼奴に聞かせてやってくれよ」
「シャーロット様もわたくしと同じことをおっしゃられることでしょう」
「ははは、誰が同じだって?」
「シャーロット様ですわ。シャーロット様も子を慈しむ女性ですもの。その存在は孤高のものとなったとしても、人間としての尊厳が保たれているのと同じように彼女もわたくしと同じようなことをおっしゃられることでしょう」
彼女の言葉に対し、イクシードは大笑いをした。
イクシードはシャーロットの企みを知っているのだろう。
彼はいつだって共にあった。
だからこそ、シャーロットが我が子を愛するからこそ、迷うことなく罪に手を染めることも知っていた。それを止めることはせず、シャーロットの罪を隠蔽し、共にその罪を背負うことをイクシードは選んできた。
「……これだから人間は嫌いなんだよ」
イクシードは人間の醜い部分ばかりを見てきた。
始祖に選ばれるよりも前から見続けた人間の醜態、それに対する拒否反応は始祖となった後も拭うことはできなかった。
不変の存在となったからこその現象なのかもしれない。イクシードは人間を守る存在となってからも、人間のことが嫌いなままだった。
「俺たちのことをなにも理解しねえまま、語るんじゃねえ」
イクシードの目には明確な殺意が含まれていた。
先ほどまでは愛を語っていたと思えない変貌だった。
「良いものを見せてやるよ」
その言葉に恐れを抱いたのだろうか。
ライラの手はイクシードの腕を離した。
「お前の愛するものを全て壊してやる」
その瞬間を待っていたと言わんばかりに、イクシードの腕はライラの首元に伸ばされる。
「お前が俺を選ばなかったことを悔やんでくれよ」
突然の行動に避けることができなかったライラの表情は歪む。
それは恐怖からくるものだろうか。
それとも苦しみからくるのだろうか。
「お前の泣き叫ぶ姿を見せてくれ」
イクシードは迷うことなく、ライラの首を掴み、力を籠める。
「二度と俺たちを人間として扱わねえように教えてやる」
逆鱗に触れたのだろう。
イクシードはライラが苦しむ姿を見て笑っていた。