03-2.魂に刻まれた罪は引き付けあう
……人間性を狂わせるほどの恋など、知りたくもなかったのに。
なぜだろうか。
リンとガーナの姿を見ると胸が痛くなる。
心の奥底から真っ黒な感情が沸き上がってくるのを感じる。
それは初めて経験をしたことなのにもかかわらず、既視感を覚えるものだった。
……私は、どこかで同じ感情を抱いたことがあるような気がして仕方がないのです。
心当たりはない。
母国であるアクアライン王国では、恋をしたことがない。
「ライラァ――?」
聞き覚えのない声に声を掛けられ、振り返る。
そこに立っていたのは、イクシードだった。
初対面だと感じないのは、見慣れた青髪と青目をしているからであろうか。
少しだけ低い声は、心を落ち着かせる。
様々な感情により蝕まれていた心は、イクシードを視界に納めることにより薄れていった。
まるで、彼に出会うことを待っていたかのようだった。
一瞬で心の色が塗り替えられる。
嫉妬心は薄れ、リンへの恋情すらも薄れていくのを感じた。
ライラにはその現象がなにかわからなかった。
……ありえません。
自身の変化に戸惑う。
だけども、名を呼ばれた以上は、下手な態度に出られない。
……魔法でしょうか。
ライラは、笑みを浮かべる。
そして、イクシードを見上げる。
……なんというのでしょうか。
感情が塗り替えられてしまう。
強引に引き寄せられる不思議な力を感じた。
得体のしれない魔法をかけられたかのような感覚だ。
それなのにもかかわらず、ライラの周囲に漂っている精霊たちは嬉しそうな声をあげていた。
イクシードの周りを嬉しそうに飛び回る精霊に対し、彼は懐かしそうに触れていた。
イクシードの目にも、当然のように精霊の姿が見えているのだろう。
……私は以前にも彼を見たことがあるのでしょうか。
ライラはその光景に見覚えがあった。
その光景を愛おしいとすらも思ってしまう。
「アンタ、ここにいたのかよ」
……その声を知っているのです。
胸が締め付けられるほどに恋しく思えてしまう。
……愛おしい声なのに。
鼓動が早まる。
まるでイクシードとの再会を喜んでいるかのようだった。
……どうして、貴方のことを思い出すことができないのでしょうか。
抱いた感情の名を知っている。
それは、同時に複数の人に抱く感情ではないと考えていた。
……この想いが恋だというのならば、私がリン君に抱いていた感情は恋ではなかったのでしょうか。
二人で歩く姿を見て抱いた感情は嫉妬だった。
リンと話をするだけで胸が高鳴る。
その感情をライラは恋だと知っていた。
それならば、イクシードに抱く感情も恋に違いない。
「ずっと、ずっと、探してたんだぜ? ライラ。やっと、会えたな」
驚いたように目を見開きながら、ライラの頬を両手で挟んだ。
イクシードに見つめられ、ライラは、頬を赤く染める。
突き刺さるような視線すらも心地よい。
その心地よさを知っていた。
それを再び味わうことを望んでいたようにも感じてしまう。
……私はこの方を知っている。
思考がまとまらない。
押し寄せてくる感情に押されてしまっている。
それはライラが望んではいないことだった。
感情に流されてしまってはいけないとわかっているのにもかかわらず、それを止める方法を知らない。
……ダメだとわかっているのです。
頬に当てられている両手の温もりすらも愛おしい。
それはライラの感情だろうか。
それとも、ライラの中に眠っている記憶を強引に叩き起こされただけなのだろうか。
「おいおい、ライラァ。まさかァ、俺のことがわからねェーかァ?」
苦しそうな声だった。
泣き出してしまいそうな声だ。
その声は、先ほどまでライラが上げていた声に似ている気がした。
叶わぬ恋心に嘆き、嫉妬に狂ってしまいそうな心の悲鳴のように聞こえた。
「……ギルティア様?」
彼の名前を知っていた。
その名を思うだけで胸が苦しくなる。
「覚えてるのかァ?」
「いいえ。なにも。ただ、貴方の名前を知っているのです」
「そうかァ、まあ、それなりに有名だからなァ」
頬から手を離される。
ライラが混乱していることに気付いたのだろう。
「いえ、そうではなくて、ただ、貴方の名前を知っていて……。いえ、私は、知らないはずなのに」
「落ち着け、落ち着け。強引な真似をしちまって悪かったなァ」
イクシードは困ったように眉を下げて笑っていた。
「アンタに記憶がねえことくらいわかってたんだ。それを強引に叩き起こすような真似をしちまって悪かったな」
イクシードは反省しているかのような言葉を口にする。
それはライラの変化に気づいているかのような振る舞いだった。
……なんでしょうか。
違和感を抱く。
イクシードがそのようなことを衝動的に行うとは思えなかった。




