03-1.魂に刻まれた罪は引き付けあう
* * *
「……ガーナちゃん」
思わず、物陰に隠れてしまう。
反射的にしてしまった行動に驚きつつも、眼にしてしまった光景が消えない。
親友と好意を寄せている友人が、腕を組みながら手を繋ぎながら、仲良く歩いている姿だ。
普段から仲が良い二人であったが、そんな間柄ではなかったはずだ。
……ただの偶然ですわ。
心臓が握りしめられるように痛いのはなぜだろうか。
友人同士がふざけあっているようにも見える。
割り込むようにして声をかけても、ガーナたちは笑顔で応じてくれただろう。
……わかっています。それなのに、どうして、嫌な予感がするのでしょうか。
親友であるガーナは、いつだって応援してくれていたのだ。
ライラの片思いは叶うことはないだろう。
同盟国内での婚姻は認められているが、相手が悪かった。
アクアライン王国は、始祖の血を引く一族を受け入れないと法律で決められている。
それは、アクアライン王国独立の立役者である初代女王が定めた唯一無二の法律だった。
ライラはその法律を破ることはできない。
それでも恋に落ちてしまった。初恋だった。
……いえ、これでよかったのかもしれません。
大親友だと公言し、シャーロットにすら楯突いたのはガーナだったのだ。
だからこそ、彼女が裏切ることなどあり得ない。
……いずれは諦めなくてはいけない恋なのです。
叶わない恋を抱いているのは苦しい。
苦しいほどに愛おしくて、どうしようもない衝動に駆られる。
その経験はライラの価値観を変えるほどのものだった。
……間違いを起こしてしまう前に忘れることができるのならば、それは、良いことなのでしょう。
そこまで考えて、ライラは、ため息を零した。
「……私は、絶対に守ってみせますわ」
ガーナが秘密を抱えていることに気付いていた。
それは精霊たちが、教えてくれたことだった。
……伝承の通りにはさせません。
母国であるアクアライン王国に残されている伝承を思い出す。
……“罪深き血は聖女を殺す”。なんて、不吉な伝承なのでしょう。
親友であるガーナは聖女とは程遠い人物だろう。
正義感こそは強いが、それは後先を考えずに行う無鉄砲な行為はある。
小数を救い、多数を不快な思いにさせる行為が大半だった。
それを見てきたからこそ、聖女とは遠いと感じる。
だけども、自身の大切な者の為ならば、どのような不利な事でも突っ込んでいく姿はまさに伝承にある聖女そのものだった。
……もしも、ガーナちゃんが聖女様であられたのならば。
聖女は、争いを収める清らかな乙女であり、不思議な力で人々を導く女性だ。
帝国を守る為に君臨する女神と崇められる存在になる可能性は、現在の帝国には必要だった。
戦争が勃発してもおかしくはないこの国には、人々の支持を得る為の存在は、必要不可欠なのだ。
……私は、殺してしまうのでしょうか。
“裏切り聖女”という汚名を被っていようとも、現状を変える為には、必要不可欠となる存在だ。
そんな聖女になる可能性は、帝国民の女性ならば、誰にだってあるだろう。
……神に導かれた存在こそが、聖女なのです。でも、帝国に正義はありません。
そう思えば、胸が痛む。
心を支配するのは、嫉妬心と猜疑心だ。
それから、罪悪感が心を酷く揺れ動かす。
その全てに勝るのは、ガーナに対する怒りに似た感情――、嫉妬だった。
……罪の血は、私の中にも流れておりますわ。聖女様の御命を奪い去ってしまう可能性を持つとされる血が、この身に流れておりますのよ。
初代女王が犯した罪を知っている。
それは、独立と引き換えに犯してしまったものだとは聞かされていた。しかし、何を犯したのかは、その心に秘めたまま、この世を立ち去ったのだという。
だが、その秘密は、文明の発展に伴い、解明されつつある。
初代女王が隠し続けた秘密は、魔力を持たない科学者によって暴かれてしまうのも、時間の問題であろう。
それは偉大な女王の名誉を汚す行為だとしても、欲深い研究者たちはその手を止めることはないだろう。
……血には抗えないというのならば、私は親友を名乗る資格はないのでしょう。
心の中では何度も言い訳をしてきた。
それでも、ガーナに対する嫉妬は消すことができない。
これでいいのだと自分自身を慰めるようなことを考えても、不信感が拭えない。
初代女王は罪を犯した。
叶わぬ恋だと知っていながらも愛し合い、愛しているからこそ、嫉妬深くになっていったといわれている。
そして、その嫉妬心は他人の命を奪うようになっていった。
人間性が変わってしまうほどの愛に溺れ、初代女王は罪を犯し続けた。
その結果、王国の独立のきっかけとなった内戦を引き起こし、多くの人々が命を落とすことになった。
それを耳にしたとき、ライラは真っ先に否定をした。
敬愛する初代女王陛下が背負う罪にしては、あまりにも現実味がなかったからだ。
なによりも、人を愛することが罪だとは思えなかった。
……私は、醜い人間ですわ。嫉妬を隠し切れないのです。
聞かされた時には、既にライラは恋に落ちていた。
王女という立場から口には出来ない想いを抱えていた。
似た立場でありながらも、決して交わる事が許されない想いに揺さぶられていた。
……それでも、私は、ガーナちゃんたちと一緒にいたいのです。
留学してきてから得た存在は、あまりにも大きかった。
心を蝕む薄暗い気持ちだ。
それを消してしまわなければ、簡単に掌から零れていくであろう。
とても儚くも美しい友情を、ライラは帝国に来てから知ったのだ。




