02-3.「初恋は叶わない」と誰かが言った
「……それ、シャルルの関係か?」
「そうよ! シャーロットに関係するんだけど、私、どうも思い出せなくて。いつの時代なのかだけでも知りたんだけど! リンは聞いたことがない?」
「フリークス公爵家の二代目当主とその妹の名前だろ。授業でも習ったはずだけど、覚えてねえの?」
リンは不審そうな顔をした。
感情が顔に出やすいリンの考えていることならば、ガーナもある程度は推測することができる。それほどにわかりやすい男だった。
「習ったことがあったっけ?」
「あっただろ。ライドローズ・アクアライン独立戦争の引き金となった革命時代の授業で出ただろ。それがどうしたのかよ?」
「え? いや、ちょっと。……シャーロットが言っていたから、誰なのかなって」
強引な言い訳だった。
公爵家の内情に詳しいリンからは疑いの目を向けられている。
それを誤魔化すように目を反らした。
嫌な汗が流れる。
冗談を口にして笑い飛ばすこともできない雰囲気を感じているのだろう。
ガーナは露骨なまでに目を動かしていた。
「あいつが、言っていたのか?」
リンの言葉にガーナは何度も頷く。
そのような事実はない。
……ごめん! シャーロット! 私、今から大きな嘘をつくわ。
しかし、情報を得ようとして嘘をついたことをばれるわけにもいかず、ガーナは心の中でシャーロットに謝った。
「……そうかよ。本当にシャルルは始祖なんだな」
リンはわかりきっていたことを口にする。
その言葉を口にしてしまえば、事実を認めることになる。
それをわかっているのだろう。
「その名前をあいつが口にしたんだろ?」
「う、うん。そうだったような気がする」
ガーナは曖昧な返事を繰り返した。
「いいんだよ。シャルルが始祖の生まれ変わりなのは知っているし? そういうことは忘れてねえんだろ」
リンの言葉に対し、ガーナは静かに頷いた。
「……うん。ごめんね。リン。でも、私、どうしても、あの二人がどうなったのか、知りたくて」
生々しい夢だった。
過去にこだわり続けてしまうシャーロットの気持ちもわかってしまう。
シャーロットの希望も絶望も、夢を通じて知ってしまったことだった。
だからこそ、時間と共に薄れてしまっている夢の内容を取り戻そうとしてしまった。
知識として取り戻せば、シャーロットがなにを企んでいるのかを知ることができるような気がしたのだ。
……肝心なところは忘れちゃうんだよね。
夢という形を通して、過去を視ているからだろうか。
曖昧な表現も多かった。
なぜ、その記憶を覗き見しているのか、その意図がガーナに伝わらないことも少なくはなかった。
……だから、知りたかっただけなのに。
偶然、事情を知っていそうな相手がいた。
それ以外の他人に聞かれる心配もない状況だった。
ただ、それだけの話だった。
「そりゃそうだろ。あいつの子どもだ。始祖が、我が子を溺愛していたのは有名な話じゃん」
「え? 子どもを産んでたの?」
「アホか。だから、俺たちには始祖の血が混ざってるんだろ」
リンの言葉に対し、ガーナは首を傾げた。
「え? え? でも、変じゃない? それって、フリークス公爵家の話でしょ? なんで、リンにまで血が混ざるのよ?」
「親戚同士の結婚は昔から少なくねえからだろ」
「あー……。昔の人は大変だったのねえ」
考えることもせず、思ったことを口にする。
……そうだったのね。
それは夢で知った話だった。
それなのにガーナは初めて聞いたかのような感覚になる。
……自分の子を亡くしていたんだ。
その中で生き続けるのは苦痛だっただろう。
その中でも帝国を守り続けるのは苦痛だっただろう。
「ほら、話は終わりだ。そろそろ、行こうぜ」
「うふふ、エスコートをしてくれるの?」
「一応な」
リンはその為に来たのだろう。
素っ気ない言葉だというのにもかかわらず、ガーナの鼓動は早まる。
「変なのー! いつものリンを知っているから違和感があるのに、よく似合ってるわよ! さすが、お貴族様ね!」
緊張をしているのだろうか。
いつも通りに振る舞おうと必死に言葉を口にしていた。
「そりゃどうも。お前はドレスを着ても変わんねえな」
「当たり前じゃないの! 私は私よ、なにを着ても、どんなことがあっても、ガーナ様はガーナ様よ!」
「はは、知ってる」
笑いながらそう言い、リンは手を差し出した。
……ふふ。変なの。
心の中でバカにする。
余計な事は口には出さない。
……すっごく、かっこよく見えるわ。
今、ここでリンを怒らせるのは避けたかった。
二人きりの状況で説教となれば、逃げられないからだ。
誤魔化そうとすれば、よけいに酷くなるのは体験済みだ。
「仮に女性だから――。あ、いや、違う。一人にするのは、あれだ、みっともないからだからな! それに、兄貴に知られれば面倒だし、あれだ! 都合の良いように考えるんじゃねぇーぞ!」
リンは慌てて言い訳を口にする。
言い訳を並べなくてもいい相手であることはわかっているだろうが、それでも、言い訳を探してしまうのは癖なのだろう。




