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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第3話 罪深き始祖たちは帝国を愛している

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01-6.それは我が子を愛する母の姿だった

「分かっているの。分かってしまうの」


 生かされる罪人には、幸福を手にする権利は最初から与えられていない。


「私は、出来損ないだから」


 それを手にしているシャーロットは異端だった。


「でもね、シャーロット。貴女は始祖なのよ」


 マリーは心を鬼にしてでも、言わなければいけなかった。


 帝国の為ならば、家族を斬り捨てなければならない。


 帝国の為ならば、何もかも犠牲にしなければならない。


「陛下の民の見本でなければならないの」


 それを常識であると、民に理解をさせなければならない。


「それを忘れないでちょうだい」


 そうすることでしか帝国の維持が出来ないのならば、迷うことなく、消されてしまうだろう。


 帝国の妨げになるような始祖は、生きることさえも許されない。


「残念だけど、あの子たちの命は諦めてちょうだい。始祖の血を残してはいけないわ。私たちに繋がる連鎖は、止めるのよ。そうしなければ、いけないのよ」


 それを知っているからこそ、マリーは忠告に来たのだ。



* * *



 景色が歪む。


 掻き混ぜられた景色の先に居たのは、涙を零すマリーだった。



「……ねえ、シャーロット」


 届けられた手紙を握りしめて、苦痛に顔を歪めているシャーロットに声を掛ける。


「悲しくて仕方がないわ」


 泣きたいのは、マリーではなく、彼女であろう。


 知らせは、シャーロットの愛した子どもたちの死だった。


「あの子たちは、ただ、貴女を救いたかっただけなのに」


 革命派の首謀者であったジョンは処刑された。


 アントワーヌは革命派との争いにより死亡した。


 そのどちらも助けに行くことが許されなかったシャーロットは、異国の地にある戦場でその知らせを聞いた。


「どうして、あの子たちが死ななくてはならなかったのかしら」


 我が子を守る為の参戦だった。


 帝国を裏切ってはいないと主張する為の出陣だった。


 植民地であったアクアライン王国の独立を巡る戦争の最中、届けられた帝国領土内で起きた内戦の終わりを告げる手紙を握りしめる。


 それは、シャーロットにとっては悲劇でしかなかった。


 何があっても守ると誓っていた子どもたちは、戦火の中、命を落とした。


 シャーロットはその場にいられなかった。


「これが、陛下の仰っていた連鎖の悪夢だと言うのかしら……」


 生きていてはいけない存在であることを、始祖たちは知っていた。


 それでも、仲間の愛おしい存在である二人の子どもの成長を見守ってきた始祖たちは、二人の子どもを愛おしく思うようになっていた。


 愛おしい存在の死を知っても、シャーロットは涙を流さなかった。



「……悪夢などと笑わしてくれるな」


 低い声だった。


 参戦を決めた日のことを思い出しているのだろう。


「死ななくてはいけなかった?」


 シャーロットのような女性になりたいのだと口にしていた娘はもういない。


「悪夢の連鎖?」


 シャーロットが戦わなくてもいいような国にしたいと夢を口にしていた息子はもういない。


「それとも、ギルティアの予言によるものか?」


 愛を誓い、共に生きていこうと誓い合った夫は冷たい土の中で眠っている。


「どれもこれも見当違いだ」


 それでも、シャーロットは逃げることが許されなかった。


 帝国の危機に立ち向かわなくてはいけなかった。


「あの子たちに降りかかったのは、そんなものではない」


 吐き捨てるようにそう言い、手紙を破り捨てる。


 その表情は、苦痛に歪んでいた。涙を堪えているのだろう。


「……くだらない」


 地面に突き刺していた大鎌の柄を手に取る。


 帝国は危機に面している。


 内戦は終わったとはいえ、今はアクアライン王国との戦争の最中である。気を抜けば殺される戦場だ。


「すべてを焼き尽くしてくれる」


 破り捨てた手紙を踏みつける。


 正気ではなかった。


 狂おしい現実から目を背けただけだった。


「……マリー」


 震える声でシャーロットは、告げる。


「帝国の為だ。私は敵国を滅ぼす災厄となろう」


 歪んだ笑みを浮かべている。


「そうすれば、狂おしいほどに愛おしくて仕方がない家族の元に旅立つことが許されるだろうか」


 現実逃避することさえも許されないシャーロットの抵抗だった。


 始祖には死に場所がない。

 そのようなことは、シャーロットも知っていた。


「お前は、私を恨むであろうよ」


 それから、謝罪するかのように呟いた。



 ――三百年間、始祖として君臨し続けたシャーロットが命を落とすのは、そんなやり取りを交わした二時間後のことだった。



* * *



 景色が消えた。


 なにもかも無くなった。


 眼を開けてもなにも見えない。全てが黒く染まっていた。


「見たか」


「あれが帝国の悪魔か」


 聞こえる声は、聴きなれた言語に似たものだった。


「王国を侵略した悪魔だ」


「味方に捨てられた哀れな悪魔だな」


「あぁ、まったく。見れたものじゃない」


 どれもが、マリーを罵倒し、煽り、嗤うものだった。


 誰もがマリーを助けようとしない。


 両腕を掴まれ、引きずられる。その様子を見て笑い声は、大きくなる。


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