01-3.それは我が子を愛する母の姿だった
幼い頃からその力を求め、シャーロットは人々に利用され続けた。
「だって、貴女の力を利用してでも、あの御方の心を私に向けていたかったのよ」
いつの頃からだっただろうか。
国中に広まっていた噂を思い出す。
「貴女の命を狙うような人たちがいても、私は、なにもできなかったわ。だって、陛下は、その噂を利用するとおっしゃっていたから」
シャーロットの血を飲めば、不老不死になる。
根拠もない噂により、シャーロットは国民から命を狙われたこともある。
「知っている。だが、呪われた力を利用しても手に入らなかっただろう?」
「……ええ、なにも。私に残ったのは、ただ、帝国の為に命を捧げるだけの役目だったわ」
「そういうものだ。互いに何も手に入れていないのならば、なにも恨むことはない」
シャーロットが生まれ持った力は強力だった。
しかし、それは彼女が望んだわけではない。
「私の力は、亡き弟の呪いだ。特別なことは何もない」
誰よりも生きていてほしかった人間の命だけは、救うことができなかった。
家族の命を望むことは許されなかった。
シャーロットは双子の弟が持っていたすべてを破壊する力を押し付けられる形となり、今も生き続けている。
「話はそれだけか?」
シャーロットは、子どもたちの髪を弄りながら問いかける。
「……親友なんて思っているのは、私だけかもしれないわね。あの御方の寵愛を受けていなければ、私は、貴女に会うことすら許されなかったわ」
マリーは俯いた。
「本当は、貴女から軽蔑されるべき存在だもの」
泣き言を口にするマリーに対し、シャーロットの膝の上にいる子どもたちは心配そうな顔をしていた。
「聖女らしくはない言葉だ」
「わかっているわ。でも、今だけは弱音を吐かせてよ」
自暴自棄になっているかのような言葉だった。
「それは困るな。私の可愛い子どもたちの悪い影響になる」
シャーロットは大げさなため息を零した。
我が子を優先する姿は立派な母親のようだった。
「そうね。貴女は、いつだって、子どもたちを優先するんだもの」
我が子を溺愛することだけが正しい姿だと信じているかのような振る舞いをするシャーロットに対し、誰も苦言を呈することはできなかった。
「私たちが初めて会った日のことを覚えている? 私は一度も忘れたことがないのよ」
「覚えていない。昔のことはなにもかも忘れてしまった」
「嘘ばかりね」
「こればかりは本当だ」
大切な人間を救うことができなかったシャーロットの力は、絶望の中で形を変えていった。
「他人の血を浴び続けている間に、忘れてしまったよ」
超回復の特異体質は自分自身だけに適応されるようになり、他人に与えられるのは亡き弟から譲渡された破壊の力だけになった。
そうとは知らず、その恩恵を受け入ようとした人々は、瞬く間に死を迎えた。
「ふふっ……」
マリーから笑い声が漏れる。
「ねえ、バカみたいでしょ?」
ゆっくりと顔をあげる。
「私は、陛下に捨てられてしまったわ。貴女を犠牲にして、兄さんを犠牲にして、それでも、私は陛下には不要な存在になっていたのに気づけなかったの」
その目には後悔が宿っていた。
取り返しがつかない過去を悔いているのだろう。
「シャーロットを見ていて気付いたのよ。子を成すことすら出来なかった側室なんて、ただの役立たずなのに。それにすらも、気付けなかったわ」
口元が歪む。
仮面のような笑顔を繕おうとして失敗していた。
「ずっと、シャーロットが羨ましかったの。私もその力が欲しかったのに」
本来ならば、全てを包み込むような温もりを持っていたシャーロットだけの特異体質だった。
それは、まだ幼い娘にも引き継がれ、これから先も続いていくだろうフリークス女系にだけ現れる魔法とは違う特殊な力になった。
「貴女の力は、帝国の為に使う力ではなかったのにも気付かなかったわ」
その力はシャーロットの人生を狂わせた。
今でも、その力は人々を引き寄せる。
引き寄せられ、畏れ、逃げ出した人々は、シャーロットのことを“生きている災厄”と呼んだ。
「シャーロットは、私を恨んでいることにも気づかないバカな女だったわ」
マリーは緊張の糸が途切れてしまったかのように、再び、俯いた。
「なにを勘違いしているのだ」
けれども、シャーロットは、口元を歪めて笑った。
手を伸ばしてくるシャーロットの愛しい子どもたちを抱きしめる力を強めて、幸せそうに笑う。
「貴様が声を掛けたからこそ、ジョンとアントワーヌに出会うことができた」
シャーロットにとって、なによりも大切な存在は、もはや帝国ではない。
「私の愛おしい息子と娘を、私の元へ運んできたのは、天使ではない。我らが帝国の聖女であるお前だったのだよ」
膝の上に座り、母に抱きしめられて嬉しそうな子どもたち。
始祖であることも個性だと笑い、受け入れ、愛していると囁く夫。
いつかは、消えてしまう大切な日々に思いを寄せて、シャーロットは幸せそうに微笑んだ。
「忘れてはいけないよ、マリー。私がその話を受けたのは、ミカエラの誘いがあったからだ」
シャーロットは運命に抗うことを止めた。
運命を受け入れ、帝国の英雄となった。
そのことを選んだのは、他でもないシャーロットの意思によるものだ。
「ミカエラだけではなく、帝国の救世主と呼ぶべき聖女からも頼まれたのだ。断る理由があるまい?」
シャーロットは家族さえ、無事ならば、帝国が滅びようとも笑うだろう。
愛おしい三人さえ、笑っていてくれるのならば、彼女は命すら投げ出すだろう。
それが許される環境ではないことは、シャーロットも理解をしていた。しかし、平穏な日々を望まないことは一度もなかった。




