01-2.それは我が子を愛する母の姿だった
「強欲な貴女のことよ」
それは脅威となるだろう。
それなのにもかかわらず、シャーロットの行動は見逃された。
「この国を手中に収める方法は考えてあったのでしょう?」
マリーはそれが不気味で仕方がなかった。
なにをしていても、許されてしまいそうな存在感があった。
まさに王者の風格を生まれながら持ったシャーロットは、始祖の中でも、特別な存在だった。
もしも、彼女が他国を選ぶというのならば、何人の始祖が彼女に従い、帝国を立ち去ってしまうだろうか。
「貴女は最後まで王位継承権を放棄しようとはしなかったのだから」
それは考えるだけでも恐ろしいものだった。
シャーロットの考えに同調する始祖は存在する。
いや、始祖となる以前から彼女に従っていた者が紛れていることは、誰もが知っていた。
その脅威を知っていながらも、シャーロットを始祖にしなくてはいけなかった。
だからこそ、シャーロットは、帝国の在り方を覆すことも出来る。
それをしないのは時が来るのを待っているだけではないのかと噂をされていることも、シャーロットは理解をしているのだろう。
「陛下が、テンガイユリ家のご子息を指名さえしなければ、今頃、貴女は、ライドローズ城の女主になっていたはずだわ。考えたことはあるでしょう?」
判断次第によっては、帝国の最大の敵になる。
「帝国を手に入れる絶好の機会を手放すなんて、貴女らしくないわ」
「そうでもないさ。我が公爵領は立派なものではないか」
「ええ、帝国の中ではもっともね。でも、領地を与えられて満足できるような人じゃないでしょう?」
シャーロットは、帝国にとって都合の良いことばかりを運んでくるわけではない。
気難しい相手を如何にして帝国に縛りつけておけるか。
それによっては、帝国は滅びの運命を辿る可能性すら浮上する。
「だからこそ、私、思うのよ」
味方につければ帝国の勝利は確実なものになる。
敵に回せばどのような災厄が降り注ぐかわからない。
誰もがそう思っていながらも、シャーロットを始祖として祭り上げているのは、大預言者の娘だからなのかもしれない。
「陛下が亡くなってから、二百年の月日が経つというのにもかかわらず、貴女があまりにも変わっていなかったからこそ、思うのよ」
その言葉に対し、シャーロットは首を左右に振った。
「ずいぶんと成長したが?」
二百年以上も前、神聖ライドローズ帝国の英雄として名乗りをあげた頃は、幼い姿をしていた。
シャーロットは英雄たちの中で、もっとも幼かった。
十代の少女が武器を手に、魔法を行使し、敵を薙ぎ払っていく姿は恐ろしいものだっただろう。
「背丈の話をしていないわ」
マリーはそのことを思い出し、訂正をした。
「中身の話よ。貴女の性格と思考の話をしているの」
マリーはシャーロットを危険視していた。
状況次第では簡単に帝国を手放してしまうだろう。
そんな危険性を秘めたシャーロットは、マリーの返事を待つ。
「私を嫌っているんじゃないかって、思ってしまうの」
強欲なその性格は、欲しいものを全て手にしてきた。
手に入れても、また、新しいものを貪欲に欲しがる。
それらを全て手にしながらも、まだ足りないと笑い、それが許されてきた。
「貴女を縛り付ける枷になってしまった私を憎んでいるんじゃないかって」
「質の悪い冗談だな。聖女の言葉に左右されるとでも?」
「いいえ。思わないわ。思っていないからこそ、不思議で仕方がないのよ」
それこそが、シャーロットだった。
誰からも畏れられ、誰からも慕われる。
恐ろしい狂気を身に潜めるシャーロットも、愛おしい男性と子どもたちの前では、ただの母親だった。
愛情を、子どもたちには、惜しむことなく注ぐ彼女の姿は美しかった。
「始祖になることを勧めてしまった私を恨んでいるわよね。私は、貴女から全てを奪ってしまったのも同然だもの」
だからこそ、マリーは悔やんでいた。
シャーロットから、人間としての全てを奪う切っ掛けを与えたのは、他でもないマリーだった。
「私は、シャーロットが忌み嫌う力を利用するような最低な女よ」
……私は最低よ。
シャーロットの力は、彼女が望んでいたものではないことは知っていたはずだった。
その力を手放す為の方法を探しているということも、呪いに抗っていることも知っていた。
……シャーロットを利用しようとしたのだもの。
知っていたからこそ、シャーロットの逃げ道を塞ぐような真似をした。
現実を受け入れるように忠言した。
その言葉がシャーロットを追い詰めると知っていながら、マリーは愛する人の為に手段を選んでいられなかった。
……言い訳はしないわ。
それでも、マリーは望んでしまった。
……あの方がいなくなってしまってから、気づいたの。
シャーロットの力は帝国の繁栄には欠かせないものだった。
その力を有効活用しようとしないシャーロットの性格を嘆いていた皇帝に対し、マリーは提案をした。
それは自分自身が愛されたいからこその提案だった。
「本当ならばこうして貴女の前に現れることも許されないような身分違いの女だったわ。貴女と違って、特別な力もないような農民の子だったもの」
「昔の話だろう。今は違う」
「同じよ。卑しい私とシャーロットでは違いすぎるわ」
シャーロットは、生まれつきの力を嫌っていた。
全てを手にする事を許される立場にいても、その力を喜べなかった。
超回復と呼ばれる特殊な体質はシャーロットを苦しめ続けていた。
自分自身に対して発揮される異様な回復力、そして、それは他人にも分け与えることができた。




