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1 もうすぐクリスマス

N8772GX「ゾンビになったと追放された俺は(以下略)」(https://ncode.syosetu.com/n8772gx/)の後日譚にあたりますが、これ単独で読める話です。

 突然ゾンビウイルスの大流行が始まってからもう半年以上がたつ。

 すでに人類の大半は死ぬかゾンビになった。

 今はもう文明的な生活を送る人はほとんどいない。


 そんな中、生き残った少数の非感染者がゾンビパンデミック前に近い生活を続けている場所。

 それが、この研究所。


 少数の非感染者と一人のゾンビと言った方がいいかもしれないけど。

 俺はゾンビだから。


 俺はこの研究所でゾンビ治療薬の開発をがんばるゾンビ男子18才。

 パンデミック前は高3だったけど、当然もう学校なんてない。


 ちなみに、ゾンビといっても死人ではない。

 ゾンビウイルスの感染者は別に死なないし、むしろ生命力は感染前より強くなっている。

 ただ、非感染者のように意思疎通をとったり働いたりすることはできなくなるだけだ。

 あと、見た目がアザだらけのぐちゅぐちゅで死体みたいな……つまり、ゾンビっぽくなる。

 でも、俺は特殊で、見た目がゾンビになった以外は元とあまり変わらない。


 俺は研究所のドアを開けて建物の中に入った。


「お疲れさまでした」


 水道管の修理から戻ってきた俺を結生が迎えいれた。

 高木結生16才。

 俺にとって、会うだけで癒される存在。

 俺の恋人。

 だけど、俺は素手では結生に文字通り指一本触れたことがない。

 感染リスクがあるから。


「フミアキ! オツカレ! オッツー!」


 このうるさいのは、結生の肩にのっているオウム型ロボットのオーム君だ。

 俺はダウンコートを脱ぎ、外側の手袋を外し、靴をぬぎ、入り口に設置してある外出着用ロッカーにいれた。


 研究所の休憩室にむかって歩きながら、俺は結生にたずねた。


「カラは?」


 大鳥カラはロボットの開発整備と各種機器の作成修理担当。

 カラは18才で俺とほぼ同じ歳だけど、パンデミック前にすでに飛び級で大学を卒業していて大学院生だった。

 専門はロボットのプログラミングらしいけど、他にエンジニアがいないから、機械関係の仕事はなんでもやらされている。


 カラはさっきまで俺と一緒に水道管修理をしていた。

 といっても、カラは屋内から遠隔ロボットを使って参加していたんだけど。


 結生は休憩室のドアを開けながら言った。


「カラちゃんは疲れたから寝るって。遠隔操作ロボットで修理するのは大変だってなげいてたよ」


「ナゲイテタ! こんなコウジゲンバのオッチャンみたいなシゴトやらされて! ってナゲイテタヨ!」


 オーム君の告げ口でカラのストレスがたまっていることはわかった。

 だけど、俺こそ文句のひとつも言いたくなる。


「そんなこといって、カラはロボットの操作だけだろ? 雪の中、現場で作業する俺の方がずっと大変なんだけど?」


 キツイ、キタナイ、キケン、の3K現場で働くのは、いつも俺だ。

 そりゃ、非感染者はゾンビがいる屋外に出られないから仕方がないんだけど。


「ありがとうございました。ハグする?」


 結生の一言で不満は吹き飛んだ。でも、俺はきっぱり断った。


「ダメ。今は感染リスクがあるから」


「だいじょうぶです」


「ダメダメ。汗びっしょりで、あぶないから」


 俺は休憩室の椅子にどかっと座った。


「お茶飲む?」


 結生のすすめを俺はことわった。


「だいじょうぶ。まだマイボトルに水が残っているから」


 俺は他の人と一緒にいる状態では、マスクはとらず飲食もしない。

 うっかり感染させるリスクがあるから。

 ゾンビウイルスの感染力は強い。

 空気感染はしないけど、体液が口や傷口に入ればすぐに感染してしまう。


 気にしなくていいって、みんな言うけど。

 俺は絶対に結生達に感染させたくない。

 俺は感染してもあまり症状が出ない特殊体質だけど、普通はそうはいかない。

 みんながゾンビになれば、俺が完全に孤独になる。

 だから、俺は気をつけすぎなくらいに気をつけている。


「いっしょにお茶が飲みたいなー」


 結生がお茶をいれながらふてくされたように言うと、すぐにオーム君のコーラスが響いた。


「ノミタイナー! ノミタイナー!」


「ワクチンか治療薬ができたら」


 俺がそう言い続けて、もうかなりの時間がたってしまった。 

 俺は肉体労働は苦手な頭脳派タイプだったのに、最近は水道工事と電気設備関係の仕事に追われている。

 日本全国、今は水道も電気もとまっている状態だ。


 水は近くの病院にある地下水を利用する設備に水道管をつないでここまで持ってきている。

 電気は、町中の発電設備とこの研究所をつないでやりくりしている。この研究所にもソーラーパネルはあるけど、それだけじゃ足りないから。

 それでも、町中でロボットを稼働させるには電力が足りない。

 だから、なるべく早く発電所に行って電力を復旧させないといけない。


 俺は大きくため息をついた。

 生きるための雑用が多すぎて、近頃はゾンビ治療薬の開発をする時間がない。

 なんやかんやと俺もけっこうストレスがたまっている。


 お茶を飲みながら結生は独り言のように言った。


「そういえば、もうすぐクリスマスだね」


「クリスマス! メリー! メリー! クリスマス!」


 オーム君が羽をばたばたさせながら、叫んだ。

 俺はカレンダーを見た。

 言われてみれば、今日は12月23日だ。


「クリスマスか……」


 俺は結生の顔を見ながら考えた。

 このゾンビ・アポカリプスの世界でクリスマスの存在なんて完全に忘れていた。

 でも、せっかくだからクリスマスらしいことをして、結生を喜ばせたい。

 そうすれば、俺のストレス発散にもなる。


 俺は椅子から立ちあがった。


「結生。俺は疲れたから、もう家に帰るよ。先生にそう言っといて」


「いいですけど。先生のやってほしいことリスト……10枚くらいあるよ?」


 結生はテーブルの上の中林先生が書いた紙の束に触れた。

 中林先生は、俺の師であり、父の友人であり、むちゃくちゃな仕事を命じてくるボスだ。

 ちなみに、この研究所のメンバーとしては、もう一人薬学研究者の神取霧子さんがいる。


「大丈夫、大丈夫。いつかは終わるって。仕事の能率をあげるには、休憩も大事だし。仕事はまた明日。じゃ、また」


「うん。じゃあ、また明日ね」


「バイバイ! フミアキ! バイバイ!」


 俺はダウンコートを着て、外用の靴と手袋をはめて、研究所を出た。

 クリスマスグッズを探すために。


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