だんじょんぐらし!
『誰か、俺を殺してくれ……』
俺の名はイクサール・シュペペペミッツ。ダダイズム帝国の辺境にあるシュペペペミッツ男爵の四男として生まれた。
貧乏貴族の四男坊としては、跡を継げるわけでもなく、王都に行き騎士になれるだけの金や学があるわけでもなかった俺は冒険者となって数年前から各地を放浪していた。
冒険者というのは各地に湧いて出る、魔力を持った凶暴な動物――モンスターを退治して回る職業だ。報酬はかなりのものだが危険はそれ以上に大きい。大抵はまともに働き口の無いごろつきや荒くれ者の向かう先で、俺のような食い詰め物が冒険者となるのだってそう珍しいことではない。
ただ一つ違っていたのは、俺は前世の記憶と特別な才能を持つ転生者だってことだった。
かつて地球の高校生だった俺は、若くして死んだことを神様に憐れまれ、この世界に転生したのだ。そのとき、平和だった世界にいた俺がこの世界でも生きていけるようにと剣と魔法の才能を授かった。
俺は嬉しかった。漫画やゲームのような世界で、チート能力を持って活躍できるのだ!
実際はチートというほど強力ではなかったが、それでも冒険者となって数年でCランクという過去にない速度で昇進していった。このままだと近いうちにB、そして冒険者として最高のAランクになるのもそう遠くは無いと冒険者ギルドや仲間たちからも期待されている。
そして、俺はワイバーン退治の帰り、見慣れないダンジョンの入り口を発見した。退治に向かう時にはなかったので、ここ数日で発生した新しいダンジョンだったのだろう。
ダンジョンは魔力が溜まって発生するもので、中ではその魔力を使いモンスターが無限に作られていく。放っておくと、湧き続けるモンスターがダンジョンの外へと溢れ出していく危険なものだ。
ダンジョンの魔力の結晶であるコアを破壊すればダンジョンは崩壊し、ダンジョンのモンスターも消えていく。ただし、発生したてのダンジョンならば小さくモンスターも弱いため対策も可能だが、時間がたつとダンジョンは深くモンスターも強大となるため、外に出なくなるようモンスターを間引くのが手一杯の状況へとなる。
そのため、見つければ即ギルドと国に報告し、最奥にあるダンジョンコアを破壊するための大規模な攻略隊が組織される。
驕っていたのだろう。生まれたての新しいダンジョンなら一人で攻略できると。これでまたランクを上げることができると。
一人でダンジョンへと踏み入れた俺は、気付かずに罠を発動させてしまい、この何もない部屋に囚われてしまった。
部屋の中は壁と床、そして天井が何とか視認できる程度の灯りで、他には入口さえもない。モンスターの声も聞こえなければ外の様子もわかるはずがない。
最初は隠し扉でもないか部屋中を調べまわった。その次は壁を壊せないかと武器がすべて壊れるまで攻撃したが、傷一つつかなかった。魔法も同様だ。
そうして力なく倒れた俺の前に、パンと水が出現した。そう、出現だ。壁が開くわけでもなく俺が何気なく見つめていた床の一点に、皿に乗った黒パンと水入りのコップが現れた。
もちろんそんな怪しげなものを口にするわけがなく、そのままにしておくと床に溶けるように消えていった。
それからはただ必死だった。魔力が回復するたびに魔法を撃った。皮が裂け、爪が砕けても壁を殴った。湧いてくるパンと水なら壊せるかと、壁にぶつけてみるも、砕けるのは当然食器の方だった。
手持ちの食糧も尽き、脱出するための気力も失せると、いっそ毒で死ぬべきかとパンを口にした。それはただの、そう、どこにでもあるパンと水だった。そしてこれが俺の心を完全に折ってしまった。
要するに、このダンジョンの主、もしくはダンジョンそのものは俺を飼っているだけだったのだ。逃げられない檻を用意して、死なないよう餌を与える。もしかしたらどこかで俺の様子を観察しているのかもしれない。
俺は転生者で、Cランクの冒険者で、ワイバーンだろうとソロで退治できる魔法剣士で……そんな俺はこのダンジョンの主からすれば、ケースに入った観賞用のコオロギやメダカと同類なのだろう。
『誰か、俺を殺してくれ……』
悪態も嘆きもこの部屋の中で何度も口にした。だが、すべてを失った俺の口から漏れ出たのは、二十年近くも使ったことのなかった日本語での懇願だった。
答えてくれると思ったわけじゃない。自分でもまだ話すことができたのかと思ったくらいだ。
だが、この一言ですべてが変わったんだ――
「これは……」
静岡名産うなぎパイ。
お土産の人気ランキングでも毎年上位に君臨する銘菓であり、夜のお菓子として静岡県民は毎夜毎夜食べているという。そのおかげか浜松市の出生率は全国平均を超えている。
一説によるとうなぎパイを身近に感じてもらうためか、静岡の伝統剣術である虎眼流ではうなぎパイソードとして竹刀の代わりにうなぎパイが使われているとか……。(張良新書「サイレントヒル~エンドレスコロッケの地で~」より)
そんなうなぎパイが黒パンの代わりに食事として出されている。
『日本人、なのか……? 日本人なんだろう!? なあ!?』
俺の叫びに応えは無かったが、かじりついたパイの触感と甘さがその答えだったようにその時の俺には感じられた。
その日から、俺の生活は変わったんだ。
前世の話や今世での話を語りかけるように話し続けた。それは日本語で話すこともあれば、こちらの言葉で話すこともあった。
学校生活、こちらでの家族の事、連載が休載したままで続きが気になっているマンガ、現代知識チートを試して失敗した話、もう一度食べてみたい料理、冒険者ギルドでの出来事……。
俺が一方的に話しかけるだけで、何も反応は帰ってこなかったが、時々食事に前世の料理が出されると確かに俺の話を聞いてくれる存在がいるんだと感じ取れた。
何もないこの世界で、それが本当に、嬉しかったんだ。
どれだけの時間がたったかはわからない。同じ話を何度も繰り返していたような気もする。だけどその日は唐突に訪れた。
何かが崩れ去るような轟音と急な浮遊感の後に襲ってきた、目を焼き尽くすような強烈な光。
目の痛みが治まった時、俺がいたのは暗い迷宮ではなく、かつて俺が見つけたダンジョンの入り口だった。
その場にいたのは上質の装備を身に着けた冒険者らしい六人の男女と、哀れなほどに痩せこけ汚れのせいで性別もわからない何人もの人間。
何が起こったのか理解できない俺達に、冒険者のリーダーらしき男が口を開く。
「我々がここにあったダンジョン「それなりに深き迷宮」を攻略したことで囚われていた貴方方は解放されました。
これから我々はギルドに戻りこのことを報告してきます。不安かもしれませんが皆さんはこれから――」
攻略? 解放? ということは迷宮の主は殺されたという事で――
「こら! 離せッ!」
気が付くと俺は唸り声をあげながら冒険者の一人に飛びかかっていた。
だが、力任せに引きはがされ、背中から地面に叩きつけられる。その衝撃で肺の空気が吐き出され苦痛でのた打ち回る事しかできない。
「いきなり飛びついてきてなんだこいつは……」
「急な環境の変化に驚いて錯乱しているんだろう。あまり手荒に扱ってやるな」
「心配しなくてもいいのですよ。これからはもとの生活に戻れるのです」
こいつは何を言っているんだ。
筋肉が衰え痩せ細った腕。魔力もダンジョンに吸われてとっくに枯渇している。身に纏っているのはボロ布同然になった服しかなく、財と呼べるものは何一つない。
冒険者ギルドや実家を頼ろうとも何年も前に死んだという扱いになっているだろう。
浮浪者同然の身になってどんな生活を送れるというのか……。
『誰か、俺を殺してくれ……』
今ではアニメの再放送はしていないみたいですね。