第7話 獣のように棒きれを振り回すだけの蛮族女
ぞくぞくしちゃう!
わたしはカルディナと距離を詰めるべく、ヘラヘラと冷笑を浮かべて彼女に歩み寄っていく。転がりながらも膝を立てたカルディナは、信じられないといった顔でわたしを見上げていた。
気絶はしていない。そうなるように撲ったから。あえて鎧から露出した肉体ではなく、わざと胸鎧の上をぶん殴ってやったから。
わたしは彼女を見下ろす。ううん。見下す。侮蔑を込めた笑みで。
「あ……え……?」
「立たないの?」
確かルールは敗北宣言か審判が制止するまで続行だ。
わたしは両手で持ったショートソードを、限界まで身体をねじって引いた。もちろん、狙いはまた胸鎧。今度は肩口だけれどね。
「──ゼィアッ!!」
轟音と破砕音がコロセウムにこだまする。
カルディナの全身が真横に吹っ飛び、胸鎧の継ぎ目が破片となって飛び散った。
「あぐっ!?」
カルディナが派手に地面を転がる。
あらあら。スカートがめくれてドロワーズまで丸見えだわ。お気の毒様。
遙か遠く。遅れて肩当てが地面で跳ねて、滑っていく。
「わ、わたくしが……こ、こんな……!」
けれども、カルディナは再び膝を立てる。
それはそう。だって加減してあげたから。本気だったら側頭部狙ってドーンだ。
「あ、あなた、剣術は習ったことがないって……」
「ふーん、アディアかジリカに聞いたんだ」
「う、嘘だったのね? このわたくしを騙すために、嘘の情報をあのふたりに吹き込んだのね!? この悪党! 卑怯者!」
あんたじゃないんだから。てかどの口が言うか。
「うふふ。や~だ、本当よ。ただ昔から山にいるのが好きだったから、有象無象いる魔物を相手に剣を振っていただけだもの。習ってなんていないわ。我流よ、我流。振り回してるだけ」
わたしは手首だけでショートソードをぶん回す。
「は!? 魔……物!?」
「まあこんな大都会の戦場ですらない剣術場で、バカのひとつ覚えみたいにチクチクチクチク。叩けば折れるようなほっそい剣で突っつき合って遊んでいる貴族剣術を学んだあんたには、想像もつかないかもね。貴族剣術なんて、も~見るからにバカバカしくって」
一度言葉を切り、にっこり微笑む。
「だから一切、学んでいませんわ。ごっこ遊びなんて」
く、とカルディナが睨み、立ち上がった。
そうしてまた細剣の切っ先をわたしへと向ける。
「お遊びですって? ふざけるんじゃありませんわ! わたくしの剣術は──!」
右足で踏み込むと同時に、細剣を突き出した。
首への突き。わたしは苦もなくそれをショートソードで弾く。
眼球への突き。避ける。
軌道の変化で首への横薙ぎ。上半身を横に倒してやり過ごす。
心臓への突き。剣閃をショートソードを滑らせることで逸らし──逸らしたところで、わたしは左手で彼女の頬を叩いた。
パァンと乾いた音がコロセウムに響き、キッとカルディナがわたしを睨む。
その視線……! もっと! もっと頂戴……!
んああ、気ン持ちいいぃぃ~~~~~~…………。
決闘にあるまじき攻撃に、アレイスター派の観客席からは巨大なブーイングが起こる。平手で撲つくらいなら剣で叩き伏せるのが騎士道というものだからだ。
でも、どうせわたしはここでは悪役令嬢。ブーイング上等というもの。やってやろうじゃないの。
「認めない!」
カルディナが試合用の細剣をわたしへと投げた。わたしはそれをショートソードで弾いて、眉を潜める。
剣を投げた。なぜ。
直後、彼女は観客席へと叫んだ。アレイスター派のいる方だ。
「アディア! わたくしの剣を!」
最前列に、アディアとジリカがいる。両者ともに祈るように両手を合わせ、息を呑んで試合を観戦していた。
名を呼ばれたアディアの手には、一振りの細剣がある。むろん、運営の用意したものではないから、刃は引かれていないだろう。
アディアが躊躇った瞬間、カルディナが憤怒の形相でもう一度叫んだ。
「アディアッ!!」
「は、はい!」
アディアがカルディナの剣を鞘ごと投げた。カルディナはそれを片手で受け止めて、鞘から抜き放つ。
それを見たアレイスター派のブーイングが、再び床を踏みならす音に変わった。
処刑執行、といったところか。ルールはどうなったのよ。
「……もう、殺しますわ……! 決闘を申し込みます……!」
「あらあら、模擬決闘では我慢できなくなった?」
今度はマクドガル派から審判への抗議を表すブーイングが起こるも、アレイスター派からの床を打ち鳴らす音がそれを掻き消す。
コロセウムが揺れた。
審判は止めない。ルールもへったくれもないらしい。この審判もアレイスター派だったのかしら。
そんなことを考えた瞬間、カルディナが再び地を蹴った。鋭い突きを躱した直後、斬撃に変化した剣閃がわたしを襲った。
「シ──!」
わたしはショートソードを立てて防ぐ──が、カルディナの細剣は刃の引かれたショートソードを分断する。
凄まじい斬れ味。名剣の類だ。そして口だけではなく腕前も。
「……っ」
「まだですわ──!」
続く追撃を、わたしはとっさに身を翻し、後方へと回転して逃れた。
わたしが得物を失ってもカルディナの追撃は止まらないし、審判も未だ止めようとはしない。わたしは刃先のないショートソードでカルディナの剣閃を防ぎ続ける。
さすがに神経もすり減ろうというものだ。
「死ね! 死ね! 死ね!」
「……っ」
打ち合うたびに、わたしたちの間で汗の玉が火花とともに弾け飛ぶ。
何度も何度も剣戟の音が響くが、マクドガル派の怒声と、アレイスター派の足踏みで揺れるコロセウムが、そのすべてを掻き消す。
「殺す! わたくしの剣術を侮辱したおまえだけは! 獣のように棒きれを振り回すだけの蛮族女ごときが!」
突き出された切っ先をかいくぐり、わたしは彼女の両足の間にまで踏み込んで、細剣の根元を折れたショートソードで押さえ、その柄を左手でつかんだ。
互いの顔が近づく。
「絶対に許しませんわ! 薄汚い獣女! この泥棒猫!」
わたしは彼女の耳元に唇を近づける。
「剣を収めなさいな。これ以上は手加減できそうにないから」
「~~ッ!! ほざくなっ!!」
怒りの表情で、カルディナがわたしの腹を押すように蹴って強引に引き離した。
「バカにするなぁぁぁ!」
「……っ」
実のところ、わたしにだってそれほど余裕があるわけではなかったりする。結構強いの、カルディナが。想定していたよりもずっと。
むろん、条件が公平であれば負けることはないだろうけど。
正直、油断をしていたから初撃に首を掠められた。だからこそ、得物を失ったわたしにはもう手加減ができない。ましてや相手が真剣であるならば。
かといって本気を出せば、やり過ぎてしまう。たぶん。そうしなきゃ殺されるかもしれないから。
だっていま、わたしの目の前にいるのは、令嬢でも騎士でもない。キレたカルディナなんてもう、ほとんど魔物みたいなものだもの。言葉とか一切通じなさそうだし。
あ~あ、こんなことになるなら、最初に胸鎧じゃなくて肋でも砕いとけばよかったなー。
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※次話更新は夕方頃です。