第6話 その腐った性根を叩きのめしてやるから
……ということがあった。
その日の夜、レンドールの部屋で夕食をともにしながらわたしがそう言うと、彼はにっこりと微笑んで、そうしていつもの調子で「だろうね」と返してきた。
わたしはパンを千切る手を止めて、レンドールをじっとりと睨む。
「だろうね? だろうねって言った? ランディ。あなたもしかして、謀った? 最初からこうなるように、わたしをヘメリア宮にとどめたの?」
ランディというのはレンドール殿下のことだ。本人が親しみを込めてそう呼べと言うから、遠慮なくそう呼ばせてもらうことにした。
「ああ。すまない」
「嘘つき」
悪びれた様子もなく。小さく切った鹿肉を、フォークで口に運びながら。
本当に小食。お皿の上にはわたしの半分もない。
「騙してはいないだろ。先日言ったキミと、キミの故郷レムリカの安全のため、というのは本当なのだから」
それを言われるとぐうの音も出ない。
わたしは椅子も背もたれに身を預けたまま、スープを皿ごと持ち上げて、行儀悪く自分の口へと流し込む。
「へいへい。それは存じ上げてございますよ、殿下。ちっ」
「舌打ちて……。ふふ。だが殿下はよせ。それと、本性を見せてくれてありがとう。キミは本当におもしろい女性だな。話しているだけで退屈とは無縁になる。どのような物語の登場人物よりも、目で追って楽しい」
あんたの頭の中ほどは、おもしろい性格はしていない。どういう思考回路をしているの。口先ひとつで他人を糸繰り人形みたいに操って。
わたしはナフキンで口元を拭いながら微笑みかける。
「恐縮ですって言えばご満足いただけて?」
もちろん皮肉だ。
「いや、光栄でかまわない。キミにはそれだけの価値があるようだ」
「じゃ、遠慮なく。当然でしょ」
「はは、キミはいつも私の想像を上回ってくるな」
そのくせ、父でさえ持て余していたわたしの扱いにだけは、妙に長けているんだから。もちろん、恋なんてしてないけれどね。
そう。驚くべきことに、いまわたしは、宮殿にきて初めて楽しんでいる。
※
正直なところ、レンドールの食客になってからのヘメリア宮での暮らしは、以前よりは遙かにマシになった。
アレイスター伯爵の暗躍を知ったことで、宮殿内を出入りする貴族たちに対する見方が変わったからだ。退屈はしていない。うん。してない。
マクドガル派とアレイスター派は、どうやら例の武闘大会でも代理戦争のように、それぞれの駒を繰り出しているようだ。
とはいえマクドガル派は文官出の貴族の出自が多く、アレイスター派は聞いていた通り、武官にあたる貴族からだ。両派の戦力差は歴然としている。
歓声が上がった。
どうやら初戦の宮女対宮女に決着がついたらしい。
わたしのいる東の待機所に戻ってきた宮女は、髪はほつれて肌は傷だらけ、服は土と血に紛れ、泣いていた。
聞けば相手は全身鎧を着込んでいたらしく、軽量で刃を引いた試合用の剣では、一切の攻撃が通用しなかったようだ。やはりガチ勢もいるみたい。
この武闘大会には三つのルールがある。
一つ、武器は大会運営が用意したものから選ぶこと。
剣、拳、槍、大鎌、棍と色々用意されているが、すべて刃は引かれている。
ちなみに魔法は観客に被害が及ぶ可能性があるため禁止だが、体術は自由とのこと。
一つ、防具は持ち込みも可。
もちろん大会運営も鎧や胸当てを用意しているが、それに限らず持ち込みあり。
フルプレートだろうが、ドレスだろうが、何なら素っ裸でもかまわないとのこと。
一つ、どちらかが「参った」をするか、審判が制止するまでは続行。
勝てないと踏めば、剣を交える前に敗北を宣言しても当然かまわない。
極めて野蛮で単純だ。
まあ、女性の戦いを微笑ましく見て楽しむ余興ではこんなものだろう。でなければわざわざドレスだの素っ裸だのと要項に書く必要もない。
要項を眺めていると、すぐにまた大歓声が上がった。
二戦目も東側の敗北のようだ。今度は傷ひとつなく、綺麗なドレス姿の少女が戻ってきた。帝都で大人気のデザイナーが手がけた、秋の新作ドレスだ。キメ細やかな装飾の施されたレース部分の裁縫技術には、目を見張るものがある。
少女はご自慢のファッションを見せられてご満悦のようだ。
これだから貴族はよー。
ついにわたしの番がやってきた。運営の使い人が呼びに来たのだ。
わたしは壁に吊された武器の数々から、ショートソードを選んで手にする。
これでいっか。
「失礼ながら、鎧は着けないのですか?」
「はい。必要ありません」
ドレスを見せる目的には見えなかったからだろう。何せわたしはいつものように、髪も巻いていなければパニエでスカートをふわりと膨らませているということもない。そこらの黒を基調とし、白のレースをあしらったエプロンドレス姿の宮女よりも、ずっとシンプルな出で立ちだ。まるで平民のような。
黒髪直毛。飾り気のまるでないドレス。
そこにショートソードを一振り持って、わたしは試合場に出ていく。
ちょうど西側入り口からは、ジリカの忠告通りにカルディナが出てきていた。彼女はいつもの豪華なドレス姿ではなく、騎士の出で立ちだ。鎧はフルではなくて胸鎧、手甲、具足と要所のみを守る軽量のものだけれど、お高そうな煌びやかな光沢を放っている。
腰にスカートを残すあたりがあざとい。
地を揺るがすような大歓声が上がった。観客の半数が、カルディナの名を叫びながら、リズミカルに足で地面を打ち鳴らしている。
アレイスター派だろう。
カルディナが微笑みながら観客席に手を振ると、また歓声が上がった。
大人気だ。
そうして彼女はわたしに視線を向け、わざとらしく驚いたように目を見開いた。
「あら、ルティリカ。最初のお相手はあなたでしたの。偶然ですわね」
白々し~い。
そうなるようにあんたが仕組んだんでしょうが。
なんてことはおくびにも出さず、わたしもにっこり微笑む。
「ええ、そうですね」
だってぶん殴れるんですもの。嬉しくて嬉しくて。
カルディナの武器は、貴族らしく細剣だ。ジリカの言う通りだとしたら、そこそこの使い手なのだろう。
余裕の表情で、カルディナは腰の細剣を抜いた。急所である心臓を守るように左半身を引き、右半身をわたしに向けて、右手に持った細剣を優雅に構える。
「ふふ。お手柔らかに。少々怪我をさせても、ご容赦くださいな」
ニヤニヤしながらそう言って。
ため息をついて、わたしはショートソードの切っ先を彼女へと向けた。そして凶悪な笑みで言い返す。声色を落として。
「お手柔らか? 少々? ふふ、そんなこと寝ぼけたことを仰らずに……所詮は半端者なんだから本気でかかっていらっしゃいな。その腐った性根を叩きのめしてあげるから」
「………………は?」
カルディナの表情から微笑みが抜け落ちた。一瞬呆然として、けれどもすぐに憤怒の形相を浮かべる。
「今の言葉、後悔しますわよ」
「……」
審判が腕を振り下ろす。
その手が下りきる前に、カルディナが地を蹴った。右半身を前にしたまま、凄まじく鋭い突きをわたしの喉をめがけて放つ。
「──疾ッ!」
刃を引いた武器とはいえ、喉に直撃など受けては命に関わる。わたしは首を倒すことで皮膚一枚を掠らせ、それを避けた。
嘲るようなカルディナの顔が近づく。
ほぅらご覧なさい、わたくしの剣を避けることさえできないのよ、あなたは……とでも言いたそうなドヤ顔だ。
けれど次の瞬間には轟音が鳴り響き、わたしのショートソードが彼女の胸鎧を薙ぎ払うように打ち据えていた。
「……ッ!?」
回避と同時に、わたしは両手で柄を握ったショートソードで、力任せにカルディナの胸鎧をぶん殴っていたのだ。
大質量の金属同士がぶつかったような音が鳴り響き、カルディナの身体が宙に浮かぶ。嘲りが一瞬で驚愕に変わる様は、とても愉快。
カルディナは空中で回転しながら後方へと吹っ飛び、無様に背中から地面に落ちてさらに転がった。
コロセウムの歓声が完全に消えた。消滅した。
流れる緩やかな風の音さえ聞こえるほどに。
ぞくぞく。
あぁん、ん気ン持ちいぃぃぃぃ~~…………!
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※本日の更新はここまでです。
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明日は少し早めに更新予定です。