第11話 帝国と帝国民への献身と忠義に感謝を
アルグレッドが肩で荒い息をしながら、眼下の伯爵に告げる。
「僕らの勝ちのようだね。あきらめて兵を引かせたまえ、アレイスター卿」
なのにアレイスター伯爵は、命の危機にあってさえ、どこまでも不遜で。
笑った。嗤った。嘲った。
「くく、くっくっく。はーっはっは!」
「何がおかしい?」
組み伏せられていても堂々と、怯えひとつ見せず。
「無駄です、殿下。私を殺したところで、もはやこの状況は覆らない。陛下の跡継ぎであらせられるあなたとは違い、私の代わりなどいくらでもいる」
「なんだと?」
「我らはアレイスター派ではない。その俗称は私自身が流布したものに過ぎない。本来は帝国革命派とでも名乗っておこうか」
わたしはマスケット銃を右足へと収め、吐き捨てる。
「帝国革命派……? いまさら派閥の呼び方が何なのよ!」
「我が家名を旗印にしていたのは、万に一つ訪れるやも知れぬこの瞬間のためだ。革命派は私を切り捨ててでも進み続けるだろう。もはやその歩みは誰にも止められぬ。ここで陛下と殿下を仕留めるまではな」
確かに。アレイスター卿が倒れたのを見ても、アレイスター派の騎士たちは止まらなかった。陛下の護衛騎士も、もはや残り十名ほどしかいない。
それに、アレイスター卿の首に刃をあてているのに、騎士たちは迷わずわたしとアルを取り囲む。得物の切っ先を、わたしたちへと向けて。
「そんな──っ!? こんなことのために殉死するつもりなの!?」
「然り」
こ、このおっさん……。
「……」
黙り込むアルグレッドとは対照的に、仰向けに倒されたままの伯爵が、自らの首を手刀で叩いた。
「さあ、アルグレッド殿下。我が首、その手で落とされるがよい。それで帝国がかつての覇道と威光を取り戻すとあらば、これほど安い代償はない。もたもたしていては両陛下を人質に取られ、このアレイスターも蘇りましょうぞ」
「く……!」
じりじりと、わたしとアル、そしてアレイスター伯爵を囲む騎士らの包囲網が狭まっていく。
もう、だめ。どうにもならない。アレイスターを殺したってだめだったんだ。やられた。してやられた。革命派に頭なんて存在しなかった。騙されていた。アルもランディもだ。
全部、全部全部全部、無駄だった。
わたしは目の前が真っ暗になった。
なのにアルは、こう呟くの。ヘメリア太陽と呼ばれる笑顔で。
「……間に合ったか」
直後、無数の矢が空から降り注いでいた。
わたしとアルと、そして倒れたアレイスター伯爵の周囲にだけだ。
「む──?」
わたしたちを囲っていた騎士たちが、慌てて後退する。矢はわたしたちを守るように、地面に無数に刺さっていた。
観客席に変化が現れた。
東からも西からも、黄金の王族紋のあしらわれた鎧を着込む騎士たちが、一斉に雪崩れ込んでくる。彼らは王侯席の制圧間際まで迫っていたアレイスター派の騎士たちを、さらに外側から取り囲んで削り始めた。
アレイスター伯爵が身を起こし、眉をひそめる。
「なんだ? 何が起こっている!?」
アルが油断なく刃を伯爵の首にあてたまま、ゆっくりと立ち上がった。その足がふらついて、わたしは慌てて彼の脇に潜り込み、肩を貸す。
「ちょっと! どういうことなの!?」
「正直言って、今回ばかりは危なかった。けれど、ルチカがアレイスター卿の剣を銃で砕き、さらに顔を蹴り上げて時間を稼いでくれたおかげで、援軍が間に合ったんだ」
あ……。援軍……時間稼ぎ……?
でも、援軍って?
アレイスター伯爵が、アルグレッドを睨む。
「援軍だと? いったい誰が……!?」
「決まってるだろ。兄だよ。アレイスター卿、あなたがた有力貴族の大半が軽視していた第一皇子レンドールだけが、この状況を読んでいた。最初からね」
アルがアレイスター伯爵に言って、胸を張った。
「なんだと?」
「なんですって?」
奇しくも、わたしとアレイスターの台詞が被った。
アルが楽しそうに続ける。
「ああ、正確には読んでたわけじゃないな。兄にも武装蜂起の日時は皆目見当もつかなかったそうだ。だから御前試合で、あなたたちを蜂起させたんだ」
「蜂起……させた?」
「そうだよ。カルディナ嬢の敗北を引き金としてね。嬢が勝者となれば僕と結婚する可能性が高まるから、あなたも武装蜂起など起こさなかっただろう?」
「む……」
アレイスター伯爵が口をつぐんだ。
「だから兄は、カルディナ嬢に勝りそうな妙齢の女性をずっと捜していた。人選は非常に難航したよ。なぜならカルディナ嬢は、剣も座学も器量も、すべてが優秀な女性だったから」
性根以外はね。わたしは心の中で付け加えてやった。
「それに勝る女性がいるとすれば、アカデミア時代からアレイスター伯爵としのぎを削ってきた仲であるバルティエ辺境伯のご令嬢くらいのものさ」
「………………は? わた……っ!?」
アルがにっこり笑って、わたしにウィンクをした。
マスケット銃の所持を見抜かれる以前に、もしかしたらすでに父から殿下へと、わたしがどういう育ち方をしてきたかが話されていたのかもしれない。ううん、きっとそう。
うちの野生児は野獣のように魔物と殺し合って、獣のような剣ばっかり磨いてきてましたよー、とか、あの髭なら言いそうだわ。
「そしてアレイスター卿、あなたはまんまと兄の思惑通り、今日この日この瞬間に武装蜂起を起こす決意をしてしまった」
呆然と聞いていたアレイスター伯爵が、掠れた声を出す。
「フ、フフ。させられたというのか、この私が。たかだか二十代の小僧の思惑に乗せられて、まんまと武装蜂起をしてしまった、と」
「そうさ。わからないから、この日にしたんだ。あなたではなく、兄がルチカを送り込むことでね。あなたは武装蜂起の日に今日を選んだんじゃない。選ばされただけだ。この場に集った敵も味方もひとり残らず、兄に操られていた」
そっか。だからランディは武器を隠し持っていたわたしに言ったんだ。キミがそういう人で安心したって。
やられた。あれは伯爵に狙われるわたしの身の心配というより、カルディナに勝てるタイプかどうかの心配だったわけだ。
ひどい。あまりにもひどい。あいつに人の心はないの?
そんなわたしの気も知らず、アルは笑顔で伯爵に告げた。
「どれだけ潜んでいるかわからないアレイスター派の重鎮を、一網打尽にするために」
えっと……ということは?
じゃあそもそもの発端となっていたアルとの婚約話は? あれ? え? あれもただの作戦の一環だった?
んんんん? おいおい、おいっ!
あンの髭野郎ぉぉ……。次はスコーンにワライダケを盛ってやるんだから! しっかり笑わせて気持ちよくストレスをすっきり解消、健康にさせてあげるわ、絶対に!
わたしはアルを睨みあげる。
たぶんいまわたし、伯爵よりもよっぽど強い怒りでこの兄弟をぶん殴ってやりたい衝動に駆られてる。うん。
けれどもこの場の男どもは、そんなわたしになど目もくれず。
空を見上げ、ゆっくりと息を吐いたアレイスター伯爵が、静かに呟いた。
「……まさかこの私までもが操られていたとはな……」
その左右から、王族紋の騎士たちが腕を絡める。
「カイデン・アレイスター伯爵。あなたを反逆罪で連行します」
「おとなしく従ってください」
「……フ、フフ。安寧のみを求め弱き道をいく帝国の在り方に疑念を抱き、思い切ったことをしてみたが、どうやらまだまだこの国は安泰らしい」
アレイスター伯爵の言葉に、アルグレッドが朗々と告げた。
「ああ。共和国とのことなら心配はいらない。レンドールとアルグレッド、この僕らがいる限りは、彼らに隙など見せはしないさ」
でしょうね! このどぐされ兄弟!
ちょっとくらい隙見せろ! そこに塩塗り込んでやるんだから!
「それと、もうあなたは拘束されて口外できないだろうから話してしまうけれど、帝位を継ぐのは僕じゃない。そのための正式な手続きも、すでに終えている。ここで陛下が亡くなれば、自動的に次の皇帝の座には兄がつくようにね」
「な──っ!?」
「レンドールこそがそれに相応しい。僕には兄のような頭はない。だからここで僕と父があなたに斃されたとしても、マクドガル家の帝位は揺るがなかった。最初から──それこそ何年も前からずっと踊らされていたのだよ、あなたは。レンドールにね」
「…………そう……か……。……私は最初からすでに、敗北していたのだな……」
アルグレッドが肩をすくめて付け加えた。
「そう嘆くことはない。兄は恐ろしい人だ。僕や陛下から見てもね」
そもそもの話。
カルディナのアルに取り入るための努力も、ここでアルグレッドを亡き者にする作戦も、すべて的外れだったということだ。取り入るべきも、暗殺すべきも、アルグレッドではなくレンドールの方だったのだから。
これもレンドールの策略なのだから、開いた口が塞がらないとはこのことだ。
「ただ、アレイスター卿。あなたが大事に育ててきた軍部に限っては、派閥への恩赦を条件に僕の下についてもらう。だから要職は全員無罪とは言えないけれど、加担した配下の身の安全は保証しよう。これは陛下もすでにご納得済みだ」
アレイスター伯爵が王族紋の騎士に腕を引かれ、わたしたちに背中を向けた。
「フ……。まったく。大した兄弟だ。恩情には感謝します。ああ、そうだ、アルグレッド殿下。もうひとつだけ、よろしいか?」
「何かな?」
「此度の一件、娘のカルディナは何も知りませぬゆえ、皇帝陛下の寛大なるご処置をと、お伝え願いたい。駒として我が娘を利用した親の、最後の罪滅ぼしです」
ここにもうひとり、駒として使われた哀れな娘がいますけどー!? おーい! わたしのことは誰が責任取ってくれんの!? ねーっ!?
言いたい。でも空気読む。黙っとく。くすん。
「わかった。約束しよう。それと、僕からもひとつだけ伝え忘れていたことがある」
伯爵が立ち止まり、振り向いた。
アルグレッドが微笑みを消し、姿勢を正す。
静謐とした空気が流れた気がした。
「カイデン・アレイスター伯爵。帝位に対する忠義はなくとも、あなたがこれまで行ってきた帝国と帝国民への献身と忠義には、深く感謝をしている」
「……それもレンドール殿下からの言伝ですかな」
「いや、これは陛下も含めた僕らマクドガル家一同からだ」
そう言って、アルグレッドは深々と頭を垂れた。
「……」
その瞬間、わたしにはアレイスター伯爵の引き結ばれた唇が、微かに弛んだように見えたのだった。
こうして伯爵は連行され、ヘメリア帝国を揺るがした反乱は、最小限の被害のみで防ぐことができた。
めでたし、めでたし……って、なるかあ! 腹が立ち過ぎて頭の血管が切れそうだわ、このクソ兄弟が! わたしを釣り餌かなんかだとでも思ってるの!? つか、あの髭親父も絶対許さないかんね!
話も終わったことだし、まずは早速アルのお綺麗な顔面に一発──!
「あ!」
けれども連行されるアレイスター伯爵を見送ったあとに、わたしがアルグレッドへと視線を戻すと、彼はすでにスタコラサッサと走って逃げてしまっていた。
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※残り1話。
明日の更新で完結します。