第1話 男なんてどうせみんな単純な獣なのだから
数日内に終了する予定です。
巻き髪は嫌い。毎朝セットに時間がかかって面倒くさいから。
勉学の時間は好き。昔のことを知り、未来のことを予想できるから。
剣術のお稽古は嫌い。無駄にしか思えないから。
料理長の料理は好き。時々作り方を教わるのも楽しい。
舞踏会は嫌い。親しくもない男と手を繋いでクルクル回るなんて、まるでバカ。
お茶会はどっちでもない。好きな人を招待してもいいなら、きっと楽しいかもね。
馬は好き。素直で優しいから。
ドレスは嫌い。動きにくいから。
パニエはもっと嫌い。何をするにも邪魔だから。
貴族に生まれたわたしだけれど、わたしにとっての貴族のイメージは、好きなこと四割、嫌いなこと六割だった。悪くはないけれど、決して良くもない。
それが大きく崩されたのは、わたしが十六の誕生日を迎えた日のことだった。
※
レイノルド・バルティエ辺境伯、つまりわたしの父を、皇帝陛下からの使者が訪ねてこられたのだ。
わざわざ遠く離れた帝都から、隣国フェリペ共和国との国境線にある紛争地帯、辺境の街レムリカまで。それも皇帝陛下のご子息、帝国第二皇子であるアルグレッド殿下、御自らが数十名にも及ぶ護衛をつけて。
アルグレッド殿下と言えば、病弱でなかなか表舞台には現れない第一皇子レンドール殿下に成り代わり、いずれはこのヘメリア帝国の帝位を継がれるのではないかと、貴族、平民問わず、噂される御方だ。
金色の髪を、まるで一般的な平民男性のように短く刈り込んでおられるお姿は、他の貴族王族のように過分に自らを飾ることはなく、それでいて存在の輝きは失われない。
そのようなお立場、容姿でいながら、剣の腕前はアカデミアに在籍していた頃からすでに教師らをも凌ぎ、さらに貴賤を問わず、誰しもに分け隔てなく接するという生まれもっての善性まで兼ね備えておられるのだとか。
ヘメリアの太陽。他国ではそう呼ばれているらしい。
おかげで、彼がひとたび微笑めば、宮仕えの女たちは黄色い歓声を上げて頬を染めるとかいう話だ。
まあ、わたしにとっての第一印象は、軽薄そのものだったけれどね。
事前に父の執務室へと呼び出されていたわたしは、すぐ側で始まった父と殿下の話に耳を傾けるしかなかった。
その席で、殿下は父にこうおっしゃった。
「やあ、バルティエ卿。久しぶりだね。元気だったかい?」
「おかげさまで。殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう。昨今では、ますますそのご活躍がこの辺境にも流れて参りますぞ」
「ははっ、堅苦しい挨拶はやめてくれたまえ。僕らはもうすぐ家族も同然になるのだからね」
「……と、申されますと、此度の訪問は、やはり例の件絡みですかな?」
アルグレッド殿下が深くうなずき、父にこたえた。
「ああ。かねてよりの約束通り、ルティリカ嬢を迎えにきたよ」
……はい? わたし?
「ふむ。十年前よりお気持ちは変わらずですかな、アルグレッド殿下」
十年前?
聞いていないわ、お父様。おい、この髭野郎。殿下じゃなくわたしを見ろ。わたしの目を見て説明しろ。
思いが届いたのか、なぜか殿下がわたしに視線を向けてくれた。
いや、あなたではない。
「もちろんさ。よくここまで美しく育ててくれたものだよ」
まあ、うふふ。
そこは否定できないけれど。
わたしは再度、父の髭面を睨む。
おそらく政略結婚だろう。おおかた、戦時とならば最も危険な領地となる場所を治める辺境伯から脱却し、中央のお気楽な侯爵位にでも返り咲きたいといったところだろうか。何年も前から、領主は面倒ばかりだとぼやいていたから。
要するにこの髭オヤジは、娘のわたしを政治の道具にしたのだ。
ほら、こっち見ろ。
「……」
「……」
けれどわたしがどれだけ凄まじいガンを飛ばしても、巻き髭オヤジは不自然なくらいこっちに視線を向けなかった。手ぇ震わせながら紅茶飲んでんじゃないよ、お父様。スコーンもお食べ。せっかくわたしが焼いたのだから。
そんなわけで、侯爵位相当とはいえ辺境伯風情が皇帝一族に逆らえるわけもなく、わたしは殿下によって帝都へと連れ去られることとなってしまった。
とはいえ。
わたしだって上流貴族の娘として生まれたのだから、行く行くはこういうこともあるかもしれないと覚悟はそれなりにしてきた。さすがに相手が皇族であるとまでは予想していなかったけれど。
婚約者か~……。殿下はモテるだろうし、面倒くさいことになりそうだな~……。
まあ言っても所詮は婚約。婚姻じゃないんだから、愛想つかされたら帰ってこられるかもしんないし、ちょっくら旅行気分でいってきますか。
翌日、馬車まで見送りにいらしてくださった母は、両方の拳を胸の前で握りしめて、こう言った。
「がんばるのよ、ルティリカ。うまく殿下を籠絡して、わたくしたちを安全な中央に呼び戻してちょうだいね。老後の安全はあなたにかかっているの」
お断りしたい。
「……はあ……。……まあ、それなりに……頑張ります……」
「大丈夫! 自信を持って! 男なんてどうせみんな単純な野獣なのだから簡単よ! レイノルドなんて、とってもチョロかったんだから!」
お母様。それが別れの際の娘に対してするアドバイスですか。というか、あなた。若かりし頃の父に何をしたんですか。
わたしは翌日、母に見送られながら殿下らとともに旅立ち、その数日後には帝都にあるヘメリア宮殿へと上がったのだった。
……のだけれど。
母よ……。
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※次回更新は21時頃の予定です。




