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衝尾蛇《己ヲ喰ライ、闇ニ堕ツ》

   衝尾蛇(ウロボロス)  ~ 己喰ライ、闇ニ堕ツ ~


 鳳翔流道場(鳳 啓子宅)、中庭

「どういった了見だ!環!あんな爆弾みてぇな奴寄越しやがって!」

『お、落ち着いてください、先生。どうされたんですか」

「どうもこうもあるかっ!・・・ありゃあ、復讐に呑まれた眼だ。

手前ぇを守る気もねえ奴に、護衛が務まるかよ」

吐き捨てるように言い捨てる三千弥に、

『・・・やはり隠せませんか。ですが、先生。今いる中で、

武術を納めているのは彼女しかおりませんのでして』

「別にお前達のメンツのために言っただけだ。居なきゃ居ねぇで、

俺達だけで行くまでだ」

『先生・・・そこを伏してお願いできないでしょうか?彼女は、

海堂師(・・・)のお孫さんなんです』

「海堂・・・どういうこった?」

海堂 恭一郎・・・海堂流兵法を伝える武芸者であり、

武を志す者に於いては、その名を知らぬ者はない程の巨魁(カリスマ)

又、人格者としても知られ、交友関係も多岐にわたる。

「あの親バカの孫が、あんなに歪むとも思えねぇ。何があった?」

『あくまで、噂、なのですが・・・』

そう前置きをして、話し始めた。


同時刻 玄関口にて。

不快感も露にした啓子を前に、虎娘(フーニャン)は己を刺し貫くような【汽】に

晒されていた。

「正直、なぜお怒りなのか分かりませんケド、凄い殺気デスね。

・・・今にも斬り殺されてしまいそうデス」

辛うじて、それだけを口にしたが。

「殺気?そんなもん、まだ出しちゃいないよ。敢えて言うなら、

これ(・・)は剣気ってとこだね」

すぐ近くにいるアリアが気当たりを起こすため、

これでも抑えているのだ、という。

そのような睨み合いが続き、(蛇に睨まれた蛙とも言うが)

しばし後、三千弥が戻ることで、それも一時中断となった。

何事かを耳打ちしている。

「・・・・・・解った。任せるよ」

ふぅ、と吐息を零し、啓子は居間へと去って行った。

後に残るは、未だ緊張の拭えぬ虎娘と、複雑な表情の三千弥のみ。

「突っ立ってねぇで、上がんな。連れてくかは、これから決める」

そう、短く告げた三千弥は、廊下の奥へ歩を進める。

失礼します、と口にして、虎娘もその後に続いた。

行き着いた先は、武道場。その中央に、三千弥は居た。

「これは・・・つまり、ワタシの実力を見る、ということでしょうカ?」

一礼をして、道場の敷居を跨いだ虎娘が問うと。

「いいや、違うな・・・遠慮も手加減もいらねえって言われてるからな。

これから、お前ぇのメッキを引っぺがす(・・・・・・・・・)

淡々と告げられた一言に、知れず、虎娘の喉が鳴った。


先刻、電話口にて。

『あくまで、噂なのですが・・・』

言い辛そうに、橋本 環は重い口を開いた。

『彼女は、台湾在住時、十八歳の頃のことですが、現地の反社会的勢力、

台湾ヤクザに、拉致をされて、暴行・・・と言いますか、その、

いわゆる、卑猥なビデオの撮影に供されたそうです。強制的に』

学校の帰り道、突如として走り寄ってきた車に押し込まれ、

連れ去られた先で、二十とも三十とも知れない男たちに囲まれて、

娘盛りの柔肌を、汚されたという。何時間も、何十時間も。

『・・・行方不明になってから三日後、彼女は発見されたそうです。

繫華街の裏手の、ドブ川添いに・・・まるで、ゴミのように』

三日間、休みなく、寝る間もなく、(ケダモノ)達の狂宴に晒され続け、

泣き叫ぶ様を、ニヤニヤと厭らしい笑みの男達に見つめられ。

嬌声(こえ)を出す力も、身じろぎさえもできないほど衰弱すると、

用済み、と言わんばかりに、船に乗せられ、投げ捨てられた。

『同時期に攫われた女性達もいたのですが、皆、こと切れていたそうです。

そんな中、只一人、息のあった彼女は病院に収容されたのですが、

誰もが再起不能、或いは長くは保たないと思った程だそうでして』

一緒に捨てられた、同じ境遇の女性達。偶さか触れていた手が伝えるは。

冷たくなってゆく、肢体の感触。形をとった、死の足音。

(ワタシモ コノママ シヌノカナ・・・)

既に、心が何物も写さなくなったころ、虚ろな瞳に差し伸べられた、手。

『・・・ところが、ひと月が過ぎた頃、彼女は、忽然と病院から姿を消し、

事件は・・・・・・起こったそうです』

病院の、清潔なベッドの上、寝かされたままの身体。

時折、誰かが自分の手を握るのを感じる・・・媽媽(ママ)

泣いて、いる?ナンデ、ナイテル、ノ?ワタシガ、ワルイカラ?

チガウ。ワルイノハ、アイツラダ!アノ、ケダモノタチ、ダ!

『翌日、(くだん)の組事務所の中は、それは凄惨な有様だったようでして、

構成員全ての、その・・・逸物が切り取られておりまして・・・

ソレを自らの口の中に放り込まれ、更に首を掻き切られていた、と』

鮮血を塗り込められたかのような月光の元、独り佇む。

両の手に携えるは、祖父より譲り受けた二振りの小太刀。

最早顧みることさえない、後方の建物・・・獣たちの、巣窟。

氷下に鎖した心が潜り抜けしは、驟雨(しゅうう)の如き人畜生どもの血の雨。

復讐は、成した、はずだ。けれども、心は晴れることがない。

きっと、まだ足りないのだ(・・・・・・・・)。もっとケダモノ達を屠れば、

この心の奥の、熾火(おきび)のようなモノも消えるはず・・・

ゆらり、と幽鬼の如き瞳のまま、彼方の闇に歩みを進めていった。


『・・・証拠などは、不思議なほど発見されなかったそうですが、

あちらの裏社会では、彼女の復讐ではないか、と』

その後、時を経ずして両親は離婚、本人の精神の安定を図るため、

台湾を離れ、母親の故国、日本へと移住したのだという。

『__赴任後、近隣の電車内での痴漢被害の話を聞きつけた彼女は、

非番の日に、自らを囮に・・・ええ、無断での独断専行です。

そうして、犯人を捕らえたのですが、その後、彼女は犯人の手の指を、

思考(シーカォ)(思い知れ)”と言って、一本づつへし折ろうとしたらしく』

現場にいた鉄道警察隊の手によって、その場は収められたものの、

明らかなやり過ぎ、性犯罪に対する、異常なまでの憎悪。

台湾警察当局に問合せ、その背景と思しき事件に行き着いたという。


___そして、現在 ___

「お前ぇを連れていくかは、こっからの結果次第だ。

・・・いいか。正面から受け止めて、抑えてみせろ(・・・・・・)

次の刹那、目の前が昏く、いや、全ての感覚が消えうせた。

只、己が死を叩き付けられたように、水月から何かがごっそりと。

直接、(はらわた)に触れられるかの如き、喪失感に見舞われる。

鬼を喰らうと云われた男の、真なる殺気の放射。

肌が粟立つ、歯の根が合わぬ、などといった感覚すら生温い。

傍から見れば、ビクリ、ビクリと身体を震わせ、瞳の焦点も定まらず、

全身の穴という穴から、あらゆる水分を垂れ流すような有様であった。

そんな中、彼女がとった行動は。

「~~~~~~~~~~~~~~~!!・・・・・・・・あはっ♪」

のろのろと、自分の服の釦に手を掛ける。死を前にして、

自らの身体を差し出しての、命乞い。

だが、【鬼喰い】の異名を持つ男は、それ(・・)を許さない。

「・・・おい」

ビクン!と、再び肢体が揺れる。

「抑え込めと言ったはずだぜ・・・舐めてんのか?」

全ての知覚を失った中、魂を穿つように、その聲だけが響く。

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・??)

「海堂は・・・お前ぇの爺さんは、心の在り様(・・・・・)も教えなかったのか?」

(!!・・・・・・・・・・・・・・爺爺(イェイェ)(お爺ちゃん))

在りし日、敬愛した祖父の、残した・・・言葉。

『これは、戦うための力でもあるけれど、人を守ることもできる。

お前は、誰かを守れる優しい子になっておくれ、サミー』

懐かしい声。その声が繰り返し説いていたのは、果たして何であったか。

『私の教える流派は、【海堂流平法】という。その極意は、

一心に於いて己を定め、八意(やごころ)を以て遍くを見据え、

十善の徳をして、自他共に害さざる也。此れを以て平ノ字となす』

武の型に(なぞら)えて、己の心を磨き、平静に揺るがぬ心を善しとする。

武門の極意。それにもまして思い返されたのは、優しき祖父の眼差し。

(まだ、間に合うかな・・・爺爺みたいに、優しく・・・)

__もちろん。お前は、私の自慢の孫だもの。

記憶の中の祖父が、微笑んだ気がした。

「あ・・・ぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・あ”ぁっ!」

虚ろな視線を彷徨わせ、自失していた顔が、大きく歪む。

垂れ落ちるばかりだった涙に、熱が宿る。

燃え燻っていた心の怨火(わだかまり)に、暖かい何かが重なる。

失った刻を戻すように。再誕の産声のように。

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!」

止まず、覚醒の雄叫びが、彼女の喉を震わせた。

次の瞬間、ト・ト・ト・・と近づく足音。

「ミチヤ様~。そろそろ夕食ができ・・・ひきゅっ!」

何も知らずにやって来たアリアが、トサッと音を立てて倒れる。

無防備なまま、殺気に当てられてしまったようだった。

「やべっ!アリア!大丈夫か!」

慌てて駆け寄る三千弥。幸い、気を失っているだけのようだ。

「きゅうぅぅぅぅ・・・・」


しばし後、自力で自我を取り戻した虎娘が見たものは・・・

だらしなく、涙も涎も垂れ流し、下も粗相をしてしまった自身。

恥じらうも、目に入るのは、無人の道場・・・

オイッ・・・私、置いてけぼりデスか?放置、デスかぁ?

ここって、私が試練を越えて、一人前になる場面じゃナイんですか?

それをスルー、デスか・・・チキショーーーーーーー!」

ふと目をやると、近くに毛布と走り書きのメモが。

【悪いが、試しは保留。風呂が沸いてるから、正気になったら入れ】

涙を払うと、毛布を被り、トボトボと風呂場を探し始めた。


 懸命の 檜舞台を スルーされ    虎娘


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