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虎啊?《フーアー》

    虎啊(フーアー)


 ケーサツを後にして、ケイコ様の家に戻る途中、

お仲間に声を掛ける、と言うミチヤ様に連れられて、

寄り道をすることになった。

古書店、と聞いて、ちょっと不思議な気がした。

私の知る限り、神殿や王宮に所蔵されている以外では、

古い書物というのは、決して状態が良い物ではないから。

「着いたぜ、アリア」

だから、促されて入ったその店内で、圧倒された。

虫食いだらけの巻物や、装丁の解けた紙片なんかじゃない、

僅かに褪せてはいるものの、新品のような本の数々。

あんぐりと口を開いたまま、英知の海の中を進んで行くと、

奥まった、一際色褪せた書物の棚の前、佇む二つの影。

「おう、やっぱりここだったか、薫」

前が(あわせ)になった、白いシャツを着た、小柄なお爺さん。

そんな印象の方、カオルさん、はこちらを向いて、

「あぁ、三千弥さん。どうされました?」

「どうもこうも、お前、電話くらい出ろよ」

「すいません。本に夢中になると、つい」

そんな会話を聞いていると、もう一方(ひとかた)が私を見て。

「ところで三千弥さん。こちらのお嬢さんは?」

「そうそう、今日はこのお嬢ちゃんのことで来たんだよ」

ミツヒロ、と呼ばれたのは、細身で白髪を後ろに流して、

柔らかそうな上衣を着た、優しそうな感じの方。

ミチヤ様は、お二方に私のこと、ダンジョンの事など、

今起きていることを説明して、協力を要請してくださった。

「ということは、このお嬢さんはエルフ・・・いや、確かに」

私の耳を見て、ミツヒロさんはよろしく、と手を差し出す。

「三千弥さんの頼みなら、断る道理もありませんけど、

私らでお役に立てますかね?」

少し不安そうに、カオルさんが請け負ってくださった。

「お前らも、鍛錬は続けてんだろ?何、俺の知る限りじゃあ、

これ以上頼りになる奴らは居ねえよ」

お二方とも、快く引き受けてくださったみたいだけど、

どうしても気になったことが一つ。

「あの、ミチヤ様?お二方とは、どのようなご関係者で?」

「うん?あぁ、二人とも俺の後輩って言えばいいか?

薫が俺の一つ下で94,光洋は、93だったか?」

お二人揃ってうんうん、と頷いているけれど・・・え?

きゅ、きゅうじゅう?

「ヒ、ヒト種の寿命は、八十くらいと聞いていたんですけど、

そうすると、ミチヤ様、も・・・」

「?言ってなかったっけな。でも、俺なんかで驚いてちゃなぁ。

あの啓子(妖怪婆ぁ)なんて、百越えてるんだぜ?」

「ひゃ・・・・・・!」

この方たちが特別お若いのか、私の知ってる情報が間違いか、

驚きのあまり、私は言葉を失っていた。

ケイコ様=アールブ疑惑を頭に浮かべつつ。


ケイコ様の家に戻ると、槍のような武器を携えたケイコ様。

一見して笑顔だけれど、何故か空気がネットリと重たい。

「三千弥・・・ちょっと、こっち来な」

何かを察して、縮み上がっているミチヤ様を引きずって、奥へ。

「あ、アリア。居間で待ってな。大福も置いてあるからね」

コロリと雰囲気を変えて、ひと言。

とりあえず、大人しく言われた通りにしておこう。

何だかコワイし。


遠く、小さく、ミチヤ様の悲鳴が聞こえた気がしたけれど、居間へ。

そこには、キモノを着た男性の先客が座っていた。

「やあ、こんにちは。君が、アリアさんかな?」

「あ、はい。こんにちは」

軽く頭を下げ、少し迷ったけど、対面に座る。

「初めまして。私は夏樹 雅人という。啓子さんから、話は聞いているよ。

大変だったそうだね」

とても落ち着いた、湖面のようなイメージの・・おじさん?

正直、ヒト種の年齢推測に自信が持てなくなってきたけど。

「え~っと、そう、ですね。正直、まだ怖いくらいです」

「私は、近所の神社で神主、分かり易く言うと、神官かな?

そういう仕事をしていたのだけど、啓子さんからの頼みで、

君の助けになるものを持って来たんだ」

「助けになるもの、ですか?それは、いったい」

「うん、もうすぐ啓子さんも戻ってくるだろうから、

その時に渡すとしよう」

気にはなったけど、二人でお茶を飲みながら、ケイコ様を待つ。

程なくして、頭を擦りながら「地獄耳め」なんて言っているミチヤ様と、

どこかスッキリしたようなお顔の、ケイコ様が戻ってきた。

「あの、どうかされたんですか?ミチヤ様」

「あぁ、さっきお前さんと話したときの、あの婆ぁの悪口な。

なんでか感付かれちまったみてぇでな」

小突かれちまった。なんて言いながら擦る頭には、タンコブが。

「何十年の付き合いだと思ってんだい。分からいでかってね。

あぁ、アリア。手当てなんかいらないよ」

どうせ頭ん中まで筋肉だ、とかツバでもつけときゃ治る、とか。

心配して、様子を見ようとしたのだけれど。

「なに、いつものこった。平気、平気」

と、ミチヤ様もカラカラと笑って言う。


「さて、と」

差し向かいに座ったケイコ様が、居住いを正して、

「アンタが持ってた、コレのことだけど」

私の小刀を示して、話を切り出した。

「これは小刀じゃない。元々は儀式用の大鏃(おおやじり)だったもんだよ。

つまり、長年の祈りを蓄えた、純ミスリルってヤツさ」

「え・・・?そんな高価なもの、だったんですか?」

「まぁ、粗方の力を吐出しちまってるけどね。下手すりゃ、

もう2~3回で砕けてるところさ」

改めて、限界ギリギリだったと知って、背筋が冷える。

「普通に出回るもんじゃない。アリア。親か親戚に、

神官はいるかい?」

「あ、はい。叔父が神官をしています」

「多分、それで古くなったのを小刀に拵えたんだね・・・

帰ったら、よくお礼を言っときな」

「はい」

おじさん、本当にありがとう。

「それで、アンタを帰すためには、ダンジョンを抜けなくちゃならない。

当然、自分の身を守る備えも必要になってくる」

そう言って、マサトさんが取り出した箱を卓に置いて。

「だから、アンタにこいつを預けようと思う。開けてみな」

蓋を開けると、白木の短刀が入っていた。

鞘を払ってみると、淡い光を放つ、蒼い刀身。

「あの、ケイコ様・・・これって、まさか」

「そう、純ミスリルだよ。前にアタシがダンジョンに行ったときに、

ドヴォーグから貰ったもんさ」

もう、この方のお顔の広さは、どこまでなんだろう。

とりあえずその点は、敢えて気にしない方がいいのかも。

「でも、本当に宜しいんですか?こんな凄いものを」

「何、どうせ貰いもんさ。必要な時に使えばいい。それに、

アタシのエモノにだって、ホラ」

そう言って、さっき手にされていた長柄の武器を掲げる。

薄っすらと輝きを放つ、槍に似た、反りのある刀身。

「コイツがアタシのエモノ、純ミスリルの薙刀(グレイブ)だよ」

素人の私にもわかる、歴戦の業物といった佇まい。

ミチヤ様もご覧になったことがないのか、珍しそうに見ている。

「ほぉ。こんなもん持ってたなんてな。始めて見たぜ」

「そりゃあ無理もないね。最後にダンジョンに行ったのなんて、

アンタが五つの頃だったからねぇ」


それから、お声を掛けた方達の準備もあるので、今日のところは

まだ動けない。少し、雑談をして過ごした。

「そう、五文字と七文字の組み合わせで短文を作るんだよ」

今は、マサトさんに「センリュウ」というものを教わっている。

アールブは、芸術や詩吟を嗜むことも多いので、新鮮で楽しい。

「こんな短い文章に、色んな意味とか季節を盛り込むんですね。

ちょっと難しいかと思いましたけど、面白いです」

「これが俳句ってなると、制約が増えたりもするけど、

川柳の方が自由度が高いからね。試しに、詠んでごらん?」

「はい。え~っと」

  いせかいの ぶんかにふれて みみふるる   ありあ

「・・・いかがでしょうか」

「うん、初めてにしては、中々面白いんじゃないかな?」

「ありがとうございます!」

そうして、穏やかに時間が過ぎていった。


「失礼いたします!こちらは鳳 啓子様のお宅でしょうか?」

それは、日も傾いてきた頃のこと。

玄関口に響いた訪問者の声に、啓子が応対に出た。

「鳳 啓子はアタシだよ。で?何用かねぇ」

警官姿の若い女性が、直立、敬礼の姿勢で、

「はい!私は、橋本警視正の選抜指名を頂きまして参りました、

サミー 須田巡査長であります!本件【特零号案件】被害者の、

庇護、及び送還にあたり、護衛・協力の任を受けております!」

年の頃、二十代前半。黒髪を後ろで括り、明るい印象の小柄な女性。

サミー 須田は、警察学校の教範のような大声で応えた。

「・・・日系かい?どこの出だい?」

若干、半眼に細めた眼差しに、険が漂い始める。

「はい!台湾出身であります!地元では虎娘(フーニャン)と呼ばれてましたので、

そちらでお呼びいただいても結構であります!」

剣吞な気配に気付いたか否か、明るく受答えを続ける。

「虎・・・ね。三千弥!」

鋭く呼びつけられ、のそり、と三千弥も姿を現す。

「おう、環のとこのヤツか?・・・あ”ぁ?」

サミーの眼を見るなり、三千弥も不快感を露にした。

ズン、と空気が重くなったような気配さえ感じられる。

「チッ・・・環に、電話入れてくらぁ」

「ああ、そうしとくれ」

見る間に険悪になった空気に、狼狽えたサミーが、

「あ、あの、何か問題がありましたでしょうか?」と問うも。

「・・・・・・」重苦しい沈黙に封殺される。


どうやら、ケーサツからの協力者の方が来たらしい。

ケイコ様が応対に出られたけれど、雲行きが怪しいというか。

恐る恐る戸口から覗いてみると、ケイコ様、怒って・・る?

呼ばれて行ったミチヤ様共々、恐ろしい程に剣吞な空気。

ど、ど、どうしよう。空気が重苦しい!コワイ!

・・・そうだ!こんな時こそ、教わったばかりのセンリュウで、

空気を和ませよう!

   どうしよう なんとかしなきゃ はわはわわ   ありあ

ああぁ~、ダメだ!何とかできる気がしない!

・・・あ、後ろでマサトさんが手招きしてる。

そうだ~、お茶を飲んで落ち着こう~。

私は、戸口をそっと離れて、(テーブル)に戻った。

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